ビートにこもるメロウネス 〜 ケム
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Kem / Love Always Wins
bunboniさんのブログで教えてもらいました。
2003年にデビューしたナッシュヴィル生まれデトロイト育ちのアメリカのソウル〜R&B歌手、ケム(キム・オーウェンズ)。その新作『ラヴ・オールウィズ・ウィンズ』(2020)がほんとうにいいですよねえ。甘美のきわみ。bunboniさんはメロウなんて陳腐なことばはこの音楽には使えないとおっしゃっていますけど、ぼくからしたらまさにメロウネスの極地じゃないかと思えます。
1曲目「ナット・ビフォー・ユー」からしてそれが鮮明になっていますけど、意外にもアクースティック・ギターではじまる出だしでケムがささやきはじめたら、もうその世界にとろけてしまいそうです。そしてぼくがいちばんグッと来るのはビートが入りはじめてからなんですね。
そのビートは生演奏ドラムスじゃなくて、(アルバム全編)デジタルな打ち込みなんですけど、まるでなまめかしいじゃないですか。このケムの新作でもっとも気に入っているのが、実を言うとこのコンピューター・ビートにこもるメロウネスなんですね。ちょっとおかしいでしょうか、打ち込みビートに色気を感じるなんてねえ。
このケムの新作アルバムは、いかにも現下のコロナ禍中で制作されたというだけあって、複数人数での合同生演奏セッションはなし、音数も最小限にまで減らし、スカスカなサウンドのなかに最低必要なものだけを配置するという具合になっています。
そのせいもあってか、大きな比重を占めるデジタル・ビートの重要性が高まっているなとぼくは聴くんですね。それでもって、それが生演奏ドラムスでもってしても出せないなまめかしさ、メロウネスを、ビートそれじたいが、表現しているなと思うんです。ぼくはそう感じました。デジタルなメロウ・ビートが、ケムの持つヴォーカルのアダルトな質感をきわだたせていますよね。特にベース・ドラム音。
スロウ〜ミディアムなナンバーでもそうですし、アップ・ビートな曲、たとえば4曲目「ラヴ」なんかでも、実にナマナマしいビート感とヴォーカルの質感じゃないですか。エレキ・ギターとエレピもいい。音数を最低限にまでしぼってあるせいで、一個一個の楽器の持つ音色の色気がきわまっています。
そのせいで、結果的にはバンドでの生演奏セッション以上のナマモノ感を表現することに成功していると思う、このケムの新作『ラヴ・オールウィズ・ウィンズ』。6曲目「ライ・トゥ・ミー」でもこのベース・ドラム音はどうですか、色っぽいでしょう。それに乗るケムのやわらかくていねいな声もいいですね。
ぼくがたんにデジタル・ビート好き人間だからというだけのことかもしれない、きょうのこの感想、でもケムの声を活かすにはもってこいのサウンド・メイクじゃないかと思いますね。9曲目「フレンド・トゥデイ」だけがビートなしでアクースティック・ギターだけという伴奏ですが、それ以外は後半ゴスペル・ライクにぐいぐいもりあがったりもして、とてもいいアルバムですね。
今2020年を代表するソウル・アルバムじゃないでしょうか。
(written 2020.10.16)