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マイルズの知られざる好作シリーズ(3)〜『ビッグ・ファン』

(7 min read)

Miles Davis / Big Fun

マイルズ・デイヴィスのアルバム『ビッグ・ファン』(1974)。知られざる作品だというのは間違いありませんが、「好作」「佳作」といえるかどうかはかなり評価が分かれそう。日本でも以前から人気なかったその上に重ねるように中山康樹さんがボロカス言うたため、いっそうだれも見向きしなくなったという面があるかも。

中山さんのことをどうこう言う気はないんですが(ぼくもお世話になったし)、語調が強くて好き嫌いも激しかったひとだけに、日本最大の(もう故人だけど)マイルズ専門家として実は功罪あいなかばしたという面もおおいにあるだろうと、ぼくなんかは考えておりますね。むやみな信奉は毒ですよ〜。みんな自分の耳で聴こうよ。

ともあれ、大学生のころから二枚組レコード(からカセットテープにダビングしたものをだけど)でくりかえし聴いていた『ビッグ・ファン』。個人的にはいまでも好きだし、あんがい悪くないぞ、聴きどころのある良作だと思っているので、きょうとりあげて書いておきましょう。

いまサブスクにある『ビッグ・ファン』は、ある時期以後のリイシューCDをそのまま使っていて、盛大にボーナス・トラックが、それも末尾じゃなくまんなかに入り込み(なんでこんなことすんだ?>レガシー)、オリジナル四曲の姿がひょっとしてリスナーによってはわかりにくいと思うので、上でリンクしたのは復元しておいた自作プレイリストです。

これら四曲が二枚組レコードの片面に一個づつ収録されているという構成だったんですが、むかしもいまもぼくが好きなのはA面「グレイト・エクスペクテイションズ」とD面「ロンリー・ファイア」。いずれも1969〜70年ごろのマイルズに顕著だったサウンド傾向で、実際前者は69年11月、後者は70年1月の録音。

これら二曲というか2トラックには共通項があります。決められたリフというかパッセージみたいなのをマイルズがちょっと表情だけ変えながらひたすら反復するのみで、インプロ・ソロみたいなものがありません。だれのソロもほぼなくて、だからジャズ聴きの耳にはちっともおもしろくない、退屈だっていうことになるかも。

ご存知のとおり1967年録音68年発売の曲「ネフェルティティ」からマイルズはこうした手法をとりはじめていて、実はジョー・ザヴィヌルがマイルズに共感するようになったきっかけでもありました、「ネフェルティティ」は。それで68年暮れからマイルズのレコーディングにザヴィヌルが参加するようになったんです。

マイルズとザヴィヌルは70年のはじめごろまでスタジオ・レコーディング・セッションではほぼ常に共同作業を続けていて、その時期に誕生したいずれもがコラボの成果といっていい内容を示しています。『ビッグ・ファン』に収録された「グレイト・エクスペクテイションズ」「ロンリー・ファイア」だってそう。

だいたい「グレイト・エクスペクテイションズ」として1トラックになってはいますけど、実は二曲のメドレーというか、演奏時にはバラバラだったのを発売用プロダクションで編集してつなげただけで、13:37からはウェザー・リポートでおなじみのザヴィヌル作「オレンジ・レイディ」なんですよね。

ぼくの耳にはどう聴いてもここでのマイルズ・ヴァージョンのほうがずっと楽しくて、これがあるからこそアルバム『ビッグ・ファン』を聴く値打ちがあると言ってもいいくらい。メロディはよく知られたもので、メロディ・メイカーとしてのザヴィヌルの才を感じるところ。それをマイルズはひたすら反復しているわけです。

聴きどころはその「オレンジ・レイディ」後半部でリズム・セクションが躍動的になるところ。ウェザー・リポート・ヴァージョンにはない展開で、そこはこれら二名の音楽家の資質の違いでしょうね。フェンダー・ローズ(たぶんチック・コリア、演奏にはザヴィヌル不参加)が印象的なリフを奏ではじめてからのビート感がなんともいえず心地いいです。21:36から。

ほとんど知られていませんが、同年八月の『ビッチズ・ブルー』録音セッション(には演奏でもザヴィヌル参加)でも「オレンジ・レイディ」はリハーサル的に演奏だけされてはいますので、そのころにすでに曲はあり、二人で試行錯誤をくりかえしていたのだなとうかがわせるものがあります。そのテープが残っていないんだそうで(涙)。

マイルズとのセッションのために書いて用意し持っていった曲で、69年11月にはレコーディングも無事終え完成したにもかかわらず当時は発売されなかったがため、ウェザー・リポートでのデビュー・アルバムのほうでやりなおし収録することにしたのでしょう。それは71年初春の録音。

D面「ロンリー・ファイア」には演奏でもザヴィヌルが参加しています。こっちは59年ごろからのマイルズが得意としたスパニッシュ・スケール・ナンバー。荒野をひとり行くみたいな孤独感、哀愁感が基調になっていて、それもいいですね。スパニッシュを得意としたチックのフェンダー・ローズもRTFみたいにそれっぽくて、聴きもの。

(written 2022.9.7)

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