マイルズを深掘りする(3)〜 エレクトリック時代
(7 min read)
マイルズ・デイヴィスの知られざる好演をご紹介するシリーズの三日目は、エレクトリック時代篇。1968年秋ごろからマイルズは大胆かつ積極的にロックやファンクとクロスオーヴァーし、電気楽器も活用しながら、新時代のニュー・ミュージックに取り組むようになりましたよね。
具体的にはチック・コリア、デイヴ・ホランドがあらたにバンド・メンバーとなって以後の革新と言えますが、そこから1975年夏の一時隠遁までのスタジオ音源は、残さずすべてが四つの大部なボックス・セットに集大成されています。
『コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』『コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』『コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』『コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』。
これで1968年秋から75年夏までのスタジオ音源は全曲揃うんですね。
しかも1968年ごろからのマイルズのスタジオ・セッションは用意された「曲」をやるという感じでもなく、スタジオ入りすると出ていくまでずっとテープを回しっぱなしにして、「すべて」を録音したんです。プロデューサーのテオ・マセロが適宜ピック・アップして、曲みたいなものの並んだアルバムの体裁に仕立てて発売していただけ。
その意味でも、知られざる未発表名演を紹介するためにも、当時発売されていたアルバムでたどるんじゃなく、上記四つのボックス・セットでたどっていったほうが話が早いので、きょうはそうしました。
そういうわけで、きょうは当時の未発表曲が中心。録音順に並べました。カッコ内の数字はその年月日。
1. Frelon Brun (1968/9/24)
『キリマンジャロの娘』が聴かれないのは、油井正一さんが低評価をくだしたのがいまだに尾を引いているんじゃないでしょうか。ちゃんと聴けば、これこそ新時代の幕開けを告げる革新的ニュー・ミュージック、最重要作の一つだったとわかるはず。1曲目のこれは、ジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」を参照したマイルズ流ファンク宣言。特にチックのエレピとトニーのドラミングを聴いてほしい。アレンジはギル・エヴァンズ。
2. Directions I (68/11/27)
ジョー・ザヴィヌル作のこの曲を、1969〜71年の三年間「例外なく」ライヴでの開幕ナンバーにしていましたので、各種ライヴ・アルバムでも聴けます。そんな重要な一曲なのに、1981年の未発表集『ディレクションズ』に収録されるまでお蔵入りしたままだったので、いまだ知名度が低いのが残念。ウェイン・ショーターが生涯初ソプラノ・サックスを吹いた演奏。ウェザー・リポートもライヴでの定番クロージング・ナンバーにしていましたね。
3. The Little Blue Frog (alt) (69/11/28)
『ビッチズ・ブルー』とその周辺はよく知られた名演ばかりで、おもしろい無名曲、未発表曲がないので困りましたが、この曲はずんずん迫ってくるようなグルーヴ感がなかなかでしょう。グルーヴィなエレベはハーヴィ・ブルックス。シタールとかタンブーラとかすでに使っていたんですね。同曲のマスター・テイクから短く編集された7インチ・シングルが当時発売されていました(そっちはイマイチ)。
4. Johnny Bratton (take 4) (70/2/27)
5. Archie Moore (70/3/3)
『ジャック・ジョンスン』期は、鍵盤なしのシンプルな編成でジョン・マクラフリンがロックなギターを弾きまくるのが特色。サックスがスティーヴ・グロスマンに交代しています。しかもこのまるでラリー・グレアムみたいなぶんぶんうなるファンキーなエレベ・ラインを弾くのが、なんとデイヴ・ホランドだっていう。カァ〜ッコイイなあもう。こんなのがたくさんあるのに、どれもこれも2003年までお蔵入りしていたなんてねえ。「アーチー・ムーア」のほうはマイルズが吹かないロック・ブルーズ。クリームやジミヘンみたい。
6. Little High People (take 8) (70/6/3)
同じ『ジャック・ジョンスン』ボックスからですけど、これはギターなし三人鍵盤体制での一曲。この爽快なノリがぼくは大好きなんですね。クイーカはアイルト(アイアート)・モレイラ。フェンダー・ローズにエフェクターかけて音をひずませているのはチックでしょう。ボスのトランペットまで電化されていますが、これがマイルズ録音史上初の電気トランペット演奏。
7. Big Fun (73/7/26)
8. Holly-wuud (ibid)
この二曲、もとは同じ一個のテイクからテオ・マセロが編集したもの。マイルズの全キャリア中最高傑作と呼びたいほどなのに知名度ゼロなのは、1973年に7インチ・シングルの両面として発売されただけで、その後2007年発売の『オン・ザ・コーナー』ボックスまで、どんなLPにもCDにも再録されなかったから。声を大にして言いたい、この二曲は超カッコいい!印象的なギター・カッティングはレジー・ルーカス、コンガはエムトゥーメ。
9. What They Do (74/11/6)
弾きまくりギター・ソロは、スタイルから判断して(ピート・コージーではなく)曲中ずっとドミニク・ゴーモンじゃないかと思います。サックスがソニー・フォーチュン。アル・フォスターのドラミングもまるで鬼。ボスの当時のバンド統率力もよくわかるハードなファンク・ナンバーですね。
10. Minnie (75/5/5)
一時隠遁前のラスト・レコーディング。サックスがサム・モリスンに交代。この時期にはめずらしいやや情緒的な、曲らしい曲ですし、二管でリフを吹くのも滅多になかったことですが、こういった聴きやすいラテン・ポップなフィーリングと明快なメロディ・ラインは、「マイーシャ」(『ゲット・アップ・ウィズ・イット』)系列。隠遁前にちょっとマイルズ・ミュージックの傾向が変化しつつあった兆しだったかもしれません。
(written 2021.5.28)