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リー・ワイリー『ナイト・イン・マンハッタン』とロマンティック幻想

(2 min read)

Lee Wiley / Night in Manhattan

リー・ワイリーのアルバム『ナイト・イン・マンハッタン』(1955)については、いままで折に触れ個人的愛好の強さを述べてきましたが、ロマンティック幻想をひとりひそかにいだくことのできる音楽であるというのがぼくにとって最大の美点。

聴きながらロマンティックでおしゃれな都会の気分にひたるっていうか、曲も演奏も歌も、この当時からしたってちょっぴりレトロで古色蒼然たるヴェールをまとっているのも、かえって幻想妄想の世界への入り込みやすさを演出しています。

個人的なティン・パン・アリー好きと関係あると思いますが、現実的な日常世界じゃないんですねこういう音楽は。中村とうようさんはそうしたものを批判して、庶民的生活感覚にあふれたルイ・ジョーダン〜チャック・ベリー・ラインみたいなのとかを(どこの国の音楽でも)とても高く評価しました。でもぼくの嗜好は逆。

現実逃避のロマンティック幻想だっていうところがキモなんですから、極力生活感は排除しなくっちゃ。 日本でいえばお醤油くささのぜんぜんしない音楽こそぼんやりしたあこがれをいだきやすいんですよ。非現実的であればあるほどいいんですから。

ってなわけで、『ナイト・イン・マンハッタン』だと5、6、11、12曲目(A面B面のそれぞれラスト二曲づつ)はピアノ一台の伴奏でやや陰なのでちょっとね。甘い音色を持つボビー・ハケットのコルネットとストリングスをともなったバンド演奏曲こそすばらしい。まるで華やかな夜会か舞踏会みたい。

特にA-2「I’ve Got A Crush on You」、A-3「A Ghost of a Chance」なんかは聴いていてとろけそうじゃないですか。後者の歌詞に「I know I must be dreaming」というのが出てきますが、まさにこれ。夢を見ているにすぎない、ただの妄想だと自分でわかりつつ、ひたらずにはいられません。

現実には恋愛しないアロマンティックな人間なんですけど、ぼくは、だからこそこうした世界にあこがれて、あぁいいなあ〜ってぼんやり気持ちよくなれるんですよね。非恋愛人間でもこうしたロマンス幻覚剤がときどき必要なんです。それを音楽でやっているだけ。

(written 2023.2.18)

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