ジャジーなターラブ・アンサンブルの魅惑 〜 シティ・ムハラム
(5 min read)
Siti Muharam / Siti of Unguja: Romance Revolution on Zanzibar
bunboniさんにご紹介いただきました。
アフリカ大陸の東、インド洋のザンジバルにターラブという音楽があります。その伝説的歌手シティ・ビンティ・サアド(1880年ごろ〜1950年)のことは、名前しか聞いてきませんでした。今回、そのひ孫にあたるというシティ・ムハラム(Siti Muharam)のフル・アルバム『Siti of Unguja (Romance Revolution on Zanzibar)』(2020)を聴き、そのあまりに魅惑的なサウンドのトリコになっちゃいました。
このアルバム、実は主役歌手のヴォーカルだけじゃなく楽器演奏にもかなり大きな比重が置かれていて、ぼくがまずなんといっても降参しちゃったのはそのアンサンブルの魅力、というか魅惑ですね。特に低音。実際、ヴォーカル抜きのインストルメンタル・ナンバーも数曲あります。
楽器編成は、聴いた感じたぶん、パーカッション(複数)、コントラバス、ウード(複数?か多重録音?)、バス・クラリネット、若干のエレクトロニクス、と、あとちょっとなにかという感じでしょうか。パーカッションやウードなどは北アフリカ系というか、ザンジバルのターラブはエジプト渡来のアラブ音楽の影響があるので、そのあたりがルーツかなと思います。
でもコントラバスやバス・クラリネット、エレクトロニクスは西洋音楽やジャズの楽器ですよね。シティのこのアルバムは(やはりザンジバルの)ムハンマド・イサ・マトナが音楽監督をやっているそうで、ヨーロッパ系、ジャズ系の楽器やミュージシャンなどと共演しながらターラブをモダナイズしてきたマトナのキャリアがここでも活きているのでしょう。
幕開けの1曲目もインストルメンタルですが、これを聴いただけでターラブとかのことをなにも知らなくたって、なんてチャーミングなインストルメンタル・ミュージックだろうと感じるひとが多いんじゃないかと思うんですね。ヴォーカルは2曲目から入りますが、たぶんミックスの具合なのか、そんなに大きく前面にポンと主役の声をフィーチャーしすぎず、あくまでアンサンブルのなかの一員として並行して活かすというようになっているのが印象的です。
こんなアンサンブルやミックスにしたのには、むろんシティ本人の意向もあったでしょうが、ムハンマド・イサ・マトナがかなり方向性を握っていたのではないかという気がするんですね。マトナは以前2018年のマトナズ・アフダル・グループのアルバムでもジャズとターラブの合体インストルメンタル・ミュージックを試みて成功していましたが、あのアルバムで聴ける一部の曲と、今回のシティの『Siti of Unguja』の楽器アンサンブルはソックリなんですね。
ターラブという音楽のことをぼくはほとんど知りませんが、シティ・ムハラムのこの『Siti of Unguja』で聴けるジャジーな少人数編成のターラブ・アンサンブルは、コントラバスとバス・クラリネットという二本の低音楽器で生み出す独自のおどろおどろしいサウンド・テクスチャー、主にウードが表現するアラブ古典由来の独自の音階、そしてヴォーカル・コーラスと主役シティのリード・ヴォーカルまでもそこに混ぜ込まれて、えもいわれぬ独自の世界をみせてくれているなと思います。
そう、今回のこの新作ではシティのヴォーカルまでもあくまでアンサンブルの一員となって溶け込んでいて、歌手の歌がどうこうっていうより、それも込みでのバンドのサウンド・カラー、アンサンブルのテクスチャーなどを聴かせようという、そんな作品になっているんじゃないかというのがぼくの正直な感想ですね。だからスワヒリ語がぜんぜんわからず、ターラブのことも曽祖母シティ・ビンティ・サアドのことだって知らなくても、楽しめるんでしょう。
実際、ザンジバルの音楽とかターラブといってもなにも知らない日本人音楽リスナーがほとんどだと思うんですけど、ジャズ・ファン、たとえばマイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』(1969)のあんなサウンドになじみがある向きであれば、今回のシティ・ムハラム『Siti of Unguja』はわりとすんなり入っていける聴きやすい音楽じゃないかという気がしますね。
(written 2020.9.13)
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