グラウンド・ビートなマドンナ『エロティカ』
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Madonna / Erotica
こないだなんの気なしにちょっと聴きたくなってふらりとかけてみたマドンナのアルバム『エロティカ』(1992)でエッ?と思いました。これ、グラウンド・ビート作品じゃないですか。ソウル II ソウルとか、あのへん。リリース当時気づいていなかったなあ。
アルバム題といいジャケット・デザインといい以前からのイメージといい、セックス・シンボルとしてのマドンナという見かたしかしていなかったんですよね。音楽的なことをちゃんと聴いていなかった。ぼくだってソウル II ソウル「キープ・オン・ムーヴィン」(89)以後しばらくグラウンド・ビートには夢中だったのに、それとマドンナが結びついていなかったんでしょう。
たしかにセックスとロマンスがテーマのアルバムには違いないんですが、いまとなってはそういう部分よりサウンドやビートへ耳が行きます。プロデューサーはシェップ・ペティボーン(曲によりアンドレ・ベッツ)。ビートのつくりかたなんかは大半がハウス・ミュージックのそれだなとわかります。
ハウスは性差別問題が大きなテーマだったので、『エロティカ』みたいな内容でハウスのサウンド・メイクをとりいれるのは納得です。そしてハウスの手法はUKに飛び火して、ソウル II ソウルを産んだジャマイカ系移民コミュニティのなかでグラウンド・ビートへと展開したという面があると思います。
マドンナが『エロティカ』制作にとりくんでいた1991〜92年はグラウンド・ビートの最盛期でソウル II ソウルがいちばん売れていた時期。ぼくもこれはリアルタイムで実感がありました。シェップ・ペティボーンがどう考えたか知りませんが、すくなくとも同時代的共振みたいなことはあったはず。
いや、ここまでソウル II ソウルに酷似しているというのは、おそらくかなり意識して利用したに違いありませんよ。もちろん『エロティカ』のぜんぶの曲がっていうんじゃなく半分くらいですけどね、グラウンド・ビート使ってあるのは。個人的に大好きだったから印象が強くなります(なのに当時はどうしてスルーしたのか)。
特に1〜5曲目あたりのアルバム前半でソウル II ソウルの痕跡が顕著というか打ち込みでつくったクローズド・ハイハットの16分音符連打というあのスタイル。3「バイ・バイ・ベイビー」なんて、まるで「キープ・オン・ムーヴィン」そのまんまじゃないですか。
ジャズ歌手もよくやるスタンダードの2「フィーヴァー」までそうなっているんですからね。エロスがテーマだからこの曲をカヴァーしたんでしょうけど。そんでもって7曲目がまたソウル II ソウルの代表曲の一つ「バック・トゥ・ライフ」にビート・メイクがよく似ているし。8、9曲目もそうか。
コンピューター・ビート満載ななか、アンドレ・ベッツがプロデュースしたアルバム・ラスト13「シークレット・ガーデン」(もエロ意識な曲だけど)だけは、なぜだかのコントラバスを使ってあって、それが一定の短いパッセージをひたすらヒプノティックに反復し、生演奏らしきドラムスがオーガニックなビートを刻むという、当時としては例外的な内容。
2022年の耳で聴くと、マシン・ビートなソウル II ソウル寄りのものが時代を感じさせる一方で、この生演奏グルーヴを持たせた「シークレット・ガーデン」だけが異様な現代性を帯びているようにも響きます。
(written 2022.10.3)