サッチモが生きていたらこうやった 〜 ワンダフル・ワールド・オヴ・ルイ・アームストロング・オール・スターズ
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The Wonderful World of Louis Armstrong All Stars / A Gift To Pops
ザ・ワンダフル・ワールド・オヴ・ルイ・アームストロング・オール・スターズ(長いぞ)というバンド、というよりプロジェクトみたいなもんかな、その名義でリリースされた『ア・ギフト・トゥ・パップス』(2021)は、現代のミュージシャンたちによるサッチモ・トリビュート。
昨2021年がサッチモ生誕120周年にして没後50周年にあたるというんで企画されたんでしょう。共同プロデューサーもつとめているニコラス・ペイトンを中心に、ダヴェル・クロフォード、レジー・ヴィール、ハーリン・ライリーら、サッチモの故郷ニュー・オーリンズ出身の現役ミュージシャンたちで構成されているプロジェクトです。
1920年代から60年代までサッチモが演奏した曲の数々を再構築しながら、その偉大さを現代的な翻案で示そうとしているのが、聴くとわかりますね。この「現代的な翻案で」というのがある意味このトリビュート・アルバムとサッチモ・ミュージックの真価であるように思えます。
最注目は10曲目「ブラック・アンド・ブルー」。ファッツ・ウォーラーが書きサッチモが1929年に初演した(ファッツ・ヴァージョンはなし)元祖BLMソングですが、完全にヒップ・ホップ調に生まれ変わっています。2020年代グルーヴに乗せ、ゲスト参加のコモンがラップをかぶせています。
「ブラック・アンド・ブルー」、初演が同時期だったデューク・エリントンの「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」とならび、あの時代のブラック・ミュージシャンとしては精一杯の黒人差別告発だったわけですが、どういう調子の曲だったのかオリジナルを知っていると、こんなポジティヴで力強いBLMソングに変貌しているのは感慨ひとしお。これぞ2020年代的ブラック・ソングで、コモンのラップもそれにあわせたものになっています。
ほかにも7曲目「セント・ルイス・ブルーズ」でもコンテンポラリーなビート・アレンジが聴きとれますし、ウィントン・マルサリスが参加している2「南京豆売り」なんかにもぼくはちょっぴり現代性を感じますよ。ラテン・ビートがヒップ・ホップ以後的な新時代感覚の源泉にあるのでは?
ラテンなビート感覚と、ブルーズが土台になっているファンク・ビートの二種が、1990年代以後的なヒップ・ホップ、現代R&Bのルーツになっているんじゃないかということは、ずっと前からぼくは感じていました。今回のこのサッチモ・トリビュートで、いっそうその思いを強くしましたね。
9曲目「スウィング・ザット・ミュージック」の細かなビート感もややコンテンポラリーな感触があり。
讃美歌である11「ジャスト・ア・クローザー・ウォーク・ウィズ・ジー」は、まずテンポ・ルバートの荘厳なゴスペル・チューンとしてはじまって、その後ビートが入ってストリート・スタイルのセカンド・ラインに移行しますし、続くサッチモ生涯最大のヒット曲12「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」は、ニキ・ハリスのヴォーカルをフィーチャーしたこれもゴスペル調の現代R&B。
これら以外はまずまずトラディショナルなジャズ演奏だなと思うんですが、メンバーの演奏や歌のすみずみにサッチモ愛が行き渡っているのが、聴いているとほんとうによくわかります。全曲コントラバスだったり、ニュー・オーリンズっぽくバンジョーがリズムを刻むものが数曲あったりも、伝統と現代性のちょうどよい橋渡し。
ヒップ・ホップ/現代R&B以後的に生まれ変わったものもふくめ、2021年にサッチモが生きていたらこうやっただろうというスタイルで貫かれていて、アルバム全体では適度なコンテンポラリーネスにスタンダードなサッチモの音楽を新録音で聴けるという楽しさも加味されていて、サッチモ・ファンにも新世代ジャズのリスナーにもオススメの中庸。
(written 2022.1.10)