マイルズ・デイヴィスの手がけた映画サントラ・アルバム
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ってぜんぶで四作あって、リリース順に『死刑台のエレベーター』(1958)、『ジャック・ジョンスン』(71)、『ミュージック・フロム・シエスタ』(87)、『ディンゴ』(91)。ジャズ・ミュージシャンのなかでは多いほうでしょうか。
日本で映画本編が劇場公開されたのは『死刑台のエレベーター』と『シエスタ』だけじゃなかったかと思います。あれっ、いま調べたら『ジャック・ジョンスン』は1989年、『ディンゴ』も95年に日本で上映されたっていうネット情報が見つかりましたが、そうなんでしたっけ?
でもあれですね、映画が成功しいまだに語り継がれているのは『死刑台のエレベーター』だけのような。あのころ1950年代、フランスの若手映画監督がさかんにアメリカ黒人ジャズ・ミュージシャンに音楽を依頼していました。ルイ・マルとマイルズとの関係もそんな流れの一環だったのでしょう。
音楽は音楽として映画本編から切り離し自律作品として聴く傾向のあるぼくとしては、上記四作のうち最も楽しめるのが『ジャック・ジョンスン』です。カッコいいグルーヴィなブラック・ロック。たまらなく大好き。
だいたい『ジャック・ジョンスン』の音楽は、映画用にと企画されたものじゃなかったというのがほかの三作と異なるところ。1970年ごろ創造力が著しく高まっていたマイルズがどんどんスタジオ入りしてセッションをくりかえしていたのをノン・ストップ録音したテープ群から、映画音楽をとの依頼を受けたティオ・マセロが編集しただけのこと。
そうそう、ティオのコロンビアでの音楽プロデューサー生涯でいちばん成功した作品は、映画『卒業』(1967)のサントラ・アルバムだそうです。このことにより映画音楽が得意との定評がついたんでしょうね。だから『ジャック・ジョンスン』もオファーが来たんだと思います。
それで黒人ボクサーの映画だからっていうんで、担当していたミュージシャンのうちマイルズ(ボクシング好きでつとに有名)に目をつけて、しかし新規に映画用にとのレコーディング・セッションは持たず、既存音源をフル活用することになったんです。あるいは締め切りが早く時間がなかったのかも、わかりませんけど。
そんなこともあって映画から切り離して聴きやすいっていうのが『ジャック・ジョンスン』については言えること。しかし映画用の録音であっても『死刑台のエレベーター』だってけっこういいですよね、音楽作品として。映画もスリリングで楽しいし、だから二度おいしいっていう。
映画本編がちっともおもしろくなかったのが『シエスタ』。アメリカ映画ですが舞台がスペインで、セックスと死をテーマにした実験前衛作品でした。渋谷のスペイン坂を上がったところの映画館に(パートナーを誘っていっしょに)観にいった結果、二人とも死ぬほど退屈しました。
スペインが舞台なので、音楽を依頼されたマーカス・ミラーもスパニッシュ・スケールとラテン・リズムを全編で活用しています。フィーチャード・ソロイストのマイルズも「ちょっと『スケッチズ・オヴ・スペイン』みたいだろう」とか言ってはいますが、それはちょっとどうかなあ。でもスペイン調が好きだから、まずまず聴けるんですよね。
そこいくと、音楽だけでなく生涯ただ一度俳優としても出演したオーストラリア/フランス映画の『ディンゴ』サントラはなんてことないストレート・ジャズ。1991年9月にこのトランペッターが亡くなる直前にやった仕事の一つに結果的にはなって、11月に出たこれがしばらくのあいだ遺作的なポジションだったから、もう残念で残念で。
この遺憾は、翌92年6月に真の遺作『ドゥー・バップ』が出たことにより払拭されました。ただ『ディンゴ』には俳優としても出演したということで、サントラにもマイルズのしゃべったセリフがそこそこ収録されています。サンプリング全盛時代になって、それがいろんなところで使われるようになったのも声を忘れないゆえんです。クラブふうの楽しいナンバーもちょっとはあるし。
(written 2023.2.6)