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クレズマーとタンゴと古典ジャズ 〜 クレズマーリッシュ

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Klezmer-ish / Dusty Road

調べてもくわしいことがあまりわからないんですが、クレズマーリッシュ(Klezmer-ish)というバンドというかユニットがあって、どうやら英国で結成され同地を拠点に活動している四人組らしいです。

その『ダスティ・ロード』(2020)は、2016年のデビュー・アルバムに続く二作目で、これが楽しいんですよね。バンドの公式サイトによれば、四人の編成は

・トーマス・ヴェリティ(クラリネット)
・ロブ・シェプリー(ギター、ヴィオラ、ヴォーカル)
・コンチェッティーナ・デル・ヴェッキオ(アコーディオン、ピアノ、ヴァイオリン)
・マーセル・ベッカー(コントラバス)

四人ともロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーらしく、同楽団で出会ったんでしょうね。だからもともとというかふだんはクラシック音楽畑の演奏家たちで、楽団での担当楽器もやや違ったりもしているようですけど、それぞれがかなり熱心なポップ音楽ファンだそう。その趣味をいっしょに活かそうとしてクレズマーリッシュを結成したんでしょうか。

バンド名どおりのクレズマーをはじめとして、古典ジャズ、(ジャンゴ・ラインハルトみたいな)ジプシー ・スウィング、(アストール・ピアソーラみたいな)モダン・タンゴと、クラシック界でも人気の高いスタイルのさまざまなポピュラー楽曲が、アルバム『ダスティ・ロード』には収録されています。基本、メンバーのオリジナル曲みたいですが、なかには「アイム・コンフェッシン」(古っ!)みたいなジャズ・ミュージシャンがよくやるポップ・スタンダードや、ジャンゴの「ブルー・ドラーグ」、カルロス・ガルデールの「ボルベール」やピアソーラの「キチョ」もあります。

だからはっきり言ってヨーロッパで人気のポピュラー・ミュージック、それも東欧〜ジプシー ・ミュージックなどをベースにする移民たちの音楽ジャンルを中心に混合的に演奏するというのがクレズマーリッシュの特色なのかもしれません。そのへんはいかにもクラシック界の演奏家たちらしい志向ですよね。打楽器なしなのもそういうことかも。

アルバムは1、2曲目といかにもなクレズマーが並んでいますが、3曲目の「ボルベール」(ガルデル)でオッ!と思います。これはタンゴというよりもキューバのアバネーラに近いリズム・フィーリングでの演奏。もうアバネーラ愛のとても強いぼくなんかはそれだけで快感なんですね。ガルデールのオリジナルってどんな感じだっけなあ。

タンゴ・フィールドの曲といえば、アルバム5曲目の「キチョ」(ピアソーラ)。クレズマーリッシュのここでの演奏もストレートなピアソーラ・リスペクトみたいな感じで、モロそのまんまなピアソーラ・スタイルのモダン・タンゴになっています。コントラバスのアルコ弾きもそうだし、アコーディオンもまるでバンドネオンみたいな響き。アンサンブル全体がピアソーラのキンテートみたいですよ。ぼくはけっこう好きですね。

こういったたぐいのものはクラシック界でも人気の音楽でしょうが、そうかと思うと、4曲目「セプテンバー・サン」はジャンゴふうのジプシー ・スウィング。クレズマーリッシュのオリジナル曲かなと思いますが、ヴァイオリンがステファン・グラッペリにちょっと似ていますよね。クラリネットもジャジーで、なかなかいいです。

ジャンゴといえば、アルバム9曲目の「ブルー・ドラーグ」がジャンゴの曲ですけど、クレズマーリッシュのこれでも1930年代ふうのレトロなスウィング・ジャズ・フィールが横溢。特にギターとクラリネットにそれが聴きとれますね。ギターといえばところでこのバンドではロブの弾くアクースティックなスティール弦ギターはかなり硬い音色を出していて、なかなか特徴的です。ちょっとマンドリンっぽい響きに近いですね。

ギター・サウンドということでいえば、ちょっと不思議なのが10曲目「ギヴ・ミー・ア・リフト・トゥ・ツファット」(Tzfatはイスラエルの都市名)。この曲の演奏途中で、アクースティック・ギターにまるでワウをかませているようなサウンドが聴きとれます。っていうか、これ、間違いなくワウ・ボックスを使ってあるでしょう。1960年代後半〜70年代のロック・ギターリストたちが使って一般的になったエフェクトですが、アクースティック・ギターで、しかもクレズマー演奏のなかで、使われているのを聴くのはめずらしいかも。

ヴォーカルが入る二曲、スタンダートの8「アイム・コンフェッシン」とたぶんオリジナルの12「ダスティ・ロード」はジャズ演奏ですね。それも古典的っていうかレトロっていうか、1930年代ふうなヴィンテージ・ジャズのスタイル。ご存知のとおりジャズとクレズマーとは1910年代から仲良しで、30年代後半に一斉を風靡したベニー・グッドマンのクラリネット演奏にもクレズマーの痕跡が明瞭に聴きとれたり、BG楽団でクレズマー曲をやったりもしたんでした。

(written 2020.9.6)

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