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エリザベス女王の死はスコットランド独立を加速させるか

イギリス国王エリザベス二世が死去し、その葬列がスコットランドの首都エディンバラとイギリスの首都ロンドンで多くの群衆に見送られました。エディンバラでは群衆は沈黙し、葬列を静かに見届けました。イギリスの国旗ユニオン・ジャックはほとんど見られず、葬列の通ったロイヤル・マイルは厳粛な雰囲気に覆われていたのが印象的でした。

エジンバラにおけるエリザベス女王の葬列

一方ロンドンでは多くのユニオン・ジャックが掲げられ、群衆も時折大きな歓声を上げて葬列を出迎えました。

バッキンガム宮殿周辺

この葬列への反応の違いは何を意味するのでしょうか。女王はまさにイギリスのアイデンティティの根幹にあることを考えると、イングランドではユニオン・ジャックがあちらこちらに見られたのも不思議はないでしょう。一方スコットランドでは若干事情が異なるように見受けられます。
 
かねてから報じられているように、2021年のスコットランド議会選挙で政権を握ったスコットランド国民党(Scottish National Party = SNP)の公約通り、独立を巡る住民投票への準備が進められています。独立を巡る住民投票の開催にはイギリス政府の許可が必要ですが、保守党政権は許可を与えないことを明確にしています。この膠着状況を打破すべく、SNP政権はイギリス政府の許可のない住民投票開催が可能かどうか、今現在最高裁に訴えている最中です。

こうしたスコットランド独立を巡る先行き不透明な状況の中で、エリザベス二世の死は何を意味するのか、少し考えてみたいと思います。

スコットランド独立と王室

まず誤解をしないでおきたいのが、スコットランド独立支持派は必ずしもイギリス王室をスコットランド独立と対立するものとは考えていないことです。

独立を巡る住民投票の行われた2014年の独立派の計画では、独立後もエリザベス女王を国王として迎えることが考えられていました。当時SNPのリーダーであったアレックス・サモンドは女王とスコットランドの良好な関係が続くこと強調し、サモンドの後継者スタージョンも女王への敬意をことあるごとに表しています。スコットランド独立支持は必ずしも王室反対につながるわけではないのです。

王室の維持を明言する独立派のホワイト・ペーパー

日本人的な視点からすると、SNPのリーダーたちのこの姿勢は少し都合が良すぎると感じるかもしれませんが、歴史的に考えると、そもそもスコットランドがイングランドと連合王国(The United Kingdom)を形成した1707年以前は、両国は国王を100年以上にわたり共有していました。この状態を同君連合(a union of crowns)と言います。

したがってスコットランドが独立しても、独立以前の状態、つまりイングランドと国王を共有する同君連合に戻ることには特に問題はないわけです。現にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなど、イギリスから独立した多くの国がイギリス国王をそのまま自国の国王として迎え入れています。

エリザベス女王の肖像が使われているカナダの紙幣

私の友人にスコットランド独立の長年の支持者がいるのですが、彼女は女王が「イングランドの女王(The Queen of England)」と呼ばれるのを極端に嫌っています。そもそも女王は連合王国イギリスの女王(The Queen of the United Kingdom)なので、"The Queen of England"なるものは存在しない点で彼女は正しいのですが、こうした感覚にはスコットランド人の「女王は我々の女王でもあって、イングランドだけのものではない」という意識が現れていると思います。

スコットランド人の王制と女王への態度

一方で、スコットランドには王制を廃止すべきだとする人の数も少なくなく、2021年の世論調査では45%の有権者が王室を維持すべきと考える一方で、36%がエリザベス二世の死後は王制を廃止し共和制を樹立すべきとしています。イギリス全体では前者が58%、後者が25%であることを考えると、スコットランド人の王室への態度が若干冷ややかであることがわかります。

今年あったエリザベス二世の即位70周年記念の祝祭も、イギリスの他地域に比べて、スコットランドではあまり大々的に祝われませんでした。またSNPの指導層は上に述べたように独立後の王室の継続を明言していますが、SNP支持者の実に57%が王室は現代社会に適さない存在であると考えています。
 
とはいえ、エリザベス二世の在位70年にわたる精力的な慈善活動や強力な存在感がスコットランド人に気づかれなかったわけではありません。今年行われた世論調査では、実に75%のスコットランド人が、女王はよくやっていると答えています(イギリス全体では84%)。

スコットランドにおけるエリザベス女王

つまり、こうした感覚を大雑把にまとめると、「王室はそんなに支持しないけど、エリザベス女王はがんばってて好感が持てる」というふうになると思えます。イギリス王室への支持も、スコットランドでは低めとはいえ、その重要な部分が女王個人への好感によって支えられていたと言っても過言ではないでしょう。

チャールズ三世の課題

そうなると、エリザベス女王を継いだ新国王チャールズ三世には、スコットランドでの王室への支持をどのようにして維持するかという大きな課題があることになります。実際にチャールズが皇太子だった今年の5月に行われた世論調査では、チャールズがよい国王になると考える人の割合はスコットランドで52%と、エリザベス女王に比べて良い印象を持たれていないことがわかります(イギリス全体で57%)。

王室はイギリスの国としてのアイデンティティ、一体感を支える重要な要素のひとつです。したがってスコットランドで新国王チャールズ三世の人気が伸びず、王室への支持も低くなってしまうと、スコットランド独立の追い風になるのでしょうか?

エリザベス女王の棺の前に立つチャールズ新国王

すでに述べたように、王室とスコットランド独立派との関係がそう単純ではないことを考えると、スコットランドにおける王室支持の低下が独立支持増加に直接つながることは考えにくいと思います。

しかしイギリスのアイデンティティにおける王室の重要な位置づけを考えると、王室支持の低下は、スコットランド人が自分たちはイギリスの一部であるという感覚を弱くする可能性がないわけではありません。
 
新国王チャールズ三世の今後の言動がスコットランド独立を巡る状況にどのような影響を与えるのか、しっかり見守っていく必要があるでしょう。


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