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名付けようのないものたち

わたしは今、しあわせです。
ほんとうに、そう思います。

tuck chick bornに収録されている
「しあわせになれるひと」という詩があるけど
この「なれる」といういいまわしとか多分今はしないけど
この詩を書いたときのほんとうの感じを
今、思い出せるというよりも、キャッチできる。
そりゃ自分だから、というのは置いておいて
この詩人がそのときどこからこれを紡いでたか
今、わかる。

幸せ比べして同じだからしあわせとか、わかるとか
そういうことじゃなくて、触れられる感じがあります。

それは、名づけようのないものたちが
暮らしの中で増幅しているからだと
今日は思います。

ヨーガスートラを勉強して
マントラの学びも始めて
この「言葉以前の」とか
「”違和感”としか言い表せられないもの」とか
まぁいってみればエネルギーとか。
自分で捉えるものじたいの奥ゆきが深まる中で
名づけようのない時間が育っていくのがわかる。

それはほんとうにわたしを救った。

もともと、踊りへの憧れがあって、
生まれ変わったらダンサーになりたいと言ってきた。
音楽を学ぶならパーカッション。
トランペットを吹いていた吹奏楽部時代も
パーカッションへのリスペクトをすごくすごく思ってた。
理解がおいつかずもどかしかったけど
ずっとそうだったとおもう。
ヨガに出逢って、腑に落ちて
より身体的なものに惹かれるようになった。
身体表現者の言葉にも惹かれいくつか本を読んだ。

何よりも長く続けたピアノ
決して上手じゃないけど
ときどき弾きながら感動できるのは
自分の出す音ではなくて、弾きたい音楽を感じられるとき。
細切れでも、たったの1小節にも山場があったりする。

そういうなかで田中泯さんにもひとなみに憧れて
同じくスートラをともに学ぶ仲間のSNSで
映画『名付けようのない踊り』公開を知り、
いつ以来?? これは劇場で観ると決めた。

ひとりで観るつもりが、
ためしに夫に話してみたら、一緒に行くというので
都合を調整したら、気づけばその日はバレンタインデイ。

「わ💛」とたのしみにしたわたしはかわいい

でも、雲行きが怪しくなった。
娘のようちえんが、大雪予報の日に、突然休園になった。
その日わたしは、長めに延長保育もとっていて
あちこちひとりで出かけるつもりだった。
この状況の休園だもの、
この先どうなるか不安だったけど事なきを得ず、
週明けから通常保育に。
でもそこで超えた子どものいる4連休と
気が緩んだのか、鼻水をすする娘の様子に、
やきもきしたのか、自分に疲れてしまった。

けっきょく、大事をとってもう一日、お休みさせることにした娘。
映画鑑賞も、デートもあきらめてしまったとき
わたしはここを乗り越えるための明るさを
「自家発電装置」を作動させ、どうにか作り始めていた。

これはとても大事な機能だけど、消耗もはげしい。
このパターンはよくあって、たいてい、
何かあまりよくないものを生む。
でもそうすることでしか越えられないこともある
それが日常なんだ。

それが、夫が「見てきたらいいよ」と
娘との濃密時間を買って出てくれた。
仕事の都合で、ほんとうに、
映画を見て帰ってくるだけしか猶予はなかったけど
今日はバレンタインだった。

ぜんぶぜんぶお見通しの夫に、
ありがとうをつたえて、出かけた。
この選択じたいに、自分の成長を感じる。
すねない。
こだわらない。
二人の約束とか、すでにポンコツな自分とか。
がっかりしてても、まるごと動く。
いいほうにかける。

そして観た泯さんの映画は
やさしいじかんだった。
泯さんは富士のふもとで野良仕事をしている。
計算したらもう30年以上のはず。
ダンスの身体づくりを野良仕事ですると決めたそうだ。

毎日空を眺めるのが百姓というものだと言っていた。
泯さん、ならばわたしも、百姓の血です。
わたしはこの血で生きている。

日付が変わって今日はええこの誕生日です。
ええことは高校で出逢った。
わたしは子どものときから左目が弱視気味で
視力がのびず、ガチャ目を矯正するためのメガネっ子だった。
それが、高校3年間で、完全に「目のいいひと」になった。
それも両目ともだ。

ええこと、もうひとりの親友との3人で
いつも空をながめてた。
わたしは授業中、空や、木々を見て、
ときどきそこからふわっとあらわれてくる
妖精のようなものを、待ったり、見たり、
あとはいつも昼寝をしてた。

視力が悪い人は、まずいつも空を見ることと
木々の緑のなかからあらわれてくる(かもしれない)
浮遊するものを待つことをおすすめします。
3Dアート? 目が休まるとかいうしかけの絵とか
その後に流行ったのをみて気づいたけど、
あの目に近いのです。
わたしがその、何者かを待つときって。

話しがそれたけど、ええこにであって
学校生活自体には何も思い出がないけど
あの日々に自分の中にはぐくめたものはでかい。
3年間とも、10年間とも、ほんの一瞬とも感じる
高校生時代。まさに伸び縮みする思い出の時空。
ありがとう。
ええこ、おめでとう。

今日はね朝、マントラのクラスがあって、
オンラインだけど、ふしぎにいろいろが
飛び越えられるような仲間たちとのやさしいじかんに
すごくすごく正直になれたときがあって
それを受け止めてもらって、返してもらっているとき
泣きそうになった。
自分のなかに、何も淀みが残ってないのを感じて。

今おもうと、ええこたちと過ごした、体育の授業中
見上げてた空とかと、同じだ。
何もない。
でも、全部ある。


いろいろな言葉を知り、正しさと間違い
善悪、優劣、意味や嘘、そういったものに戸惑い
恥ずかしさに胸が痛いばかり
よく、カーテンのなかや三面鏡のなかをのぞいていた。
そこは、宇宙空間の入り口だったんだ。
空の中。

今、またじぶんの世界のはかりかたを、選び直して
自分でちゃんと感じて、持ち直して
そしたらぜんぶが、よくわかる。

ずっとずーーっと、空があった。
わたしたちのうえには。
雲が流れて、
ときどき雨を降らせる。
西日の入る「わたしの部屋」は、
夜のお月さまもよく見えた

今わたしのなかには空がある。
ぽかーんとうかんだ自分が、浮かんでる。
しあわせって言ってる。
そしてふわふわ漂うその動きは、わたしだけのダンスだな。

ええこは、モダンバレエをしていた。
ええこは、だからずっと、知っていたと思う。
わたしよりもずっと離れていないと思う。
自分の空と。

それから、わたしは、音楽家に縁があるけど
それはわたしには音楽が必要だからだと
見える人に、言われたことがある。
ぎゃくに夫は、音楽がなくても平気、
自分の中に音楽があるからって。

なるほどなぁとおもった。
わたしは、音楽にすくわれる。
自分の中の踊りがたちあがってくるから。
泯さんも踊ることを、
「あなたとわたしのあいだに立ち上がってくるもの
 それが踊り」
いうふうにいっていた。

そして、書くことを生業にする今世のわたしにとって
きっと、言葉は、光かもしれない。
光は空に続く階段。
よく天使のはしごっていうやつだね。
わたしはこれで、空にのぼったりおりたりする。

こころはいつも光のなかでこれからもずっと踊ろう。
踊ろう。

ノート持たずに映画館にむかった。
忘れたくない言葉をスマホでメモした。
それらが以下です。

**
雲は水の停留所
わたしの汗も糞も小便も
きっとあそこに
いる

**
踊りは言葉を待っていた

**
頭上の森林

それは飛躍ではなくリアルなんだ

**
大人はそれを危ないというが
わたしはそれは違う、それは違うと
思っていた
それこそが大丈夫なんだと

**
クモと一体になれた気がした
純粋な気持ちになれたのだ

**
脳みそが海に沈みそう
あー
しあわせ


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大川久乃
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