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#“ぶどうの名産地“は父のはなし

今回話したいのは、父のはなし。

みなさんは、「ぶどうの名産地」という歌をご存じですか?
「すいかの名産地」の替え歌なんですが、私は子供の頃、
音楽の授業や子供会でよく歌ったものです。
♪友達ができた、ぶどうの名産地〜 なかよしこよし、ぶどうの名産地〜♪

私の生まれ育った町は、知る人のみぞ知る“ぶどうの名産地”です。
比較的雨が少なくぶどう栽培に向いた気候に加え、
日当たりと水はけの良い山間部の傾斜を利用した畑が数多くあるので、
とても甘くてみずみずしい美味しいぶどうが育ちます。
品種改良が盛んに行われたため、人気の品種はほとんどが交配種で、
近年は、自宅用だけでなく、贈答品としての宅配も増えています。

秋になると、駅前には「歓迎 ぶどう狩り」ののぼり旗や幕が飾られ、
幹線道路のわきの小さなスペースには屋台や小屋が立ち、
朝採りのぶどうや地産ワインが並びます。
駅前の観光ぶどう案内所で相談すればぶどう農園まで送迎してくれるし、
クルマでも比較的便利で、週末は家族連れや友人グループで賑わいます。

私の父は、ぶどう農家の三男として、会社員の傍ら家業を手伝っていました。 
祖父母は、デラウェアを中心にピオーネ、ネオマスカット、巨峰、
マスカット・ベリーAを作っていました。

子供の頃は食べやすいデラウェアが好きでしたが、
成長とともにピオーネが一番好きになりました。    
ちなみに、ピオーネは巨峰とカノンホールマスカットの交配種なんですよ。
そんな私にとっては、ぶどうは季節になれば思う存分食べられるので、
デパ地下で立派なぶどうを見ても、”買うほどでもない”と興味薄気に売り場を通り過ぎてきました。

時間を戻して、、、
大学生の頃。
私は、“巨峰やベリーAの木を切ってしまって、ピオーネを増やして欲しい。“と、リクエストしてみたのです。
今思えば、よくもそんな無謀なことを言ったもんです、、、。
祖父母も亡くなって、定年間近で本格的になってきた時期ということもあり、父は私の期待に応えようと、巨峰にピオーネの枝を接木しました。


そもそもぶどうを種なしにするには、“ジベレリン処理”をする必要があります。
ジベレリンて、昔生物で習った減数分裂のアレです。そう、ソレ!
もちろん“ピオーネ”も、種なしにしようと思えば、
デラウェアと同様に、“ジベレリン処理”をする必要があります。
しかし、品種の異なるデラウェアとはジベレリン処理適期は異なるため、
最適なタイミングを見計らうのに父は苦労をしていました。
2回行うジベレリン処理のうち、特に1回目の処理はとても重要で、
上手くいかないと種なしにならないため、
毎年、農業日誌に天候や葉っぱの枚数を記録し、試行錯誤を重ねて父なりの工夫をしていたようです。

研究を重ねて実った種なしのピオーネ
純正のピオーネと巨峰の木に接木された木から出来たピオーネ。
それぞれの木々から出来たピオーネが、
日の当たり具合によってさらに糖度の違うピオーネに育ちます。
紫が濃かったり薄かったり、少し緑がかったりして、
ひとつぶひとつぶの彩りがとても美しくておいしそうに実っていました。
親戚や職場の方々にもとても評判が高くて自慢のぶどうでした。
みんなに喜んでもらえるのが嬉しくて、
毎年毎年、父は丹精込めてぶどうを作っていました。


ところが、、、

ある年、種なしピオーネに、
種があるピオーネがいつもの年よりたくさん出来ました、、、

父も”いつも通りに作っても不出来な年もあるよ”と、言い訳半分に悔しそうに言ってました。

もちろん毎年、少しは種ありのピオーネが混ざっていましたし、”今年は種ありの割合が多いなぁ…”と思いつつ、それ以上深入りしませんでした。           

チクッ、、胸が痛い、、

少し前から感じてた違和感、、、

後日、改めて大切に記録していた農業日誌を見せてもらったら、
ジベレリンの希釈を間違って計算してる、、、
日にち抜けてる、、根気よく農作業を続けるのがしんどくなってる⁇     キチンと参考にすることが出来なくなってる⁇


心配になって母に話してみたら、母も少し気になっていることがあるらしい。                                  もしかして、父はMCI(軽度認知障害)かも、、、たぶん、、、

物忘れ外来の診察を勧めたところで、素直に行くわけない、、、
受診してもらうには、作戦練らなきゃ、、、


音楽には不思議な力があって、
偶然入ったお店で流れている曲や車の運転中に偶然FMから流れた歌を聞くと、自然とその当時の自分に戻ります。
歌には、歩んできた人生にとても深い縁があると感じます。

“ぶどうの名産地”を口ずさむと、
ジベレリン処理をして赤く手の染まった元気な父が話しかけてきます。

父のおいしいぶどうを、もう食べることはできません。

それでも、まだ、ぶどうを買えない私。
もう少し時が経てば亡き父を想いぶどうを買えるようになるのかもしれません。

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