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1999年のメディア事情  「おじいちゃん、その変化の時代にどこにいたの?」

1999年当時、勤め先の職場で回覧していたエッセイです。当時のメディア事情を伝えています。その後、予想以上のテンポでデジタル化が進みますが、「変わるもの、変わらないもの」が見えます。記事は当時のままです。


▼230年続いた市場が消滅  (1999.7)

ブリタニカ百科事典と言えば、信頼の象徴。英国で発刊されて以来、約百三十年の歴史を有する。
 
しかし、情報技術の革新の波に逆らうことができず、とうとう十月に全三十二巻すべての項目をインターネット上で無料提供することになった。今後、広告収入で生き残りを図る。デジタルの世界が印刷ビジネスを飲み込む情報革命を象徴する事件だ。 
 
ブリタニカほどの強力なブランドがあれば、どんな時代でも生き延びていけると思っていた人は多い。実際、ブリタニカは百科事典ビジネスで長年「一人勝ち」を続けてきた。「アメリカーナ」など挑戦者があったが、いつからか姿を見ない。 
 
しかし、パソコンがこれほど普及した時代に、ブリタニカは、自分たちの市場が消滅するという見通しを持てなかった。
 
油断もあった。
 
一九九三年ごろから始まったマイクロソフト社の採算を度外視したCD-ROM版の百科事典「エンカルタ」の販売攻勢の前に、一気に崩れて行く。 

一九九四年、ブリタニカもCD-ROM版を世に出すが、値段が高い上、マルチメディア機能やグラフィックスが貧弱なため、パソコン利用者を魅了することはなかった。 
 
エンカルタの果たした役割は「CD-ROMの百科事典は、印刷版に比べてはるかに安価で、はるかに便利である」ことを世界に知らせたこと。
 
つまり、エンカルタはこれまでの百科事典の存在意義を根底から覆したのだ。 
 
結局、一九九六年、ブリタニカはスイスの投資家に身売りされる。新しい戦略の下、年会費八十五ドル支払えば、インターネット上で全内容を自由に見られるサービスを開始した。そしてこの十月、これが無料になった。 
 
インターネット版ブリタニカ(www.britannica.com)の最大の特徴は、ワシントン・ポストなどの有力新聞や雑誌と提携しており、ニュースにも強いこと。「過去の事も、現在の事も、このウエブサイト一つでどうぞ」というわけだ。
 
「世界で最も権威ある百科事典」が、信頼度の高い報道機関と結び付けば、鬼に金棒。競争力あるウエブサイトになるだろう。 
 
ただし、技術力が問われる。「無料化」が報じられた十月十八日以来、回線が混雑してこのサイトにアクセスしにくい。ブリタニカのブランド故に、世界の何百万という利用者は我慢している。
 
「ページが開けない」「遅い」「使い勝手が悪い」などの悪評が続けば、今度はインターネット上で、「権威にあぐらをかいた」サイトと世界中で非難されることは明白だ。 
(了)
 

▼その大変化の時代どこにいたの? (1999.8)

米国のビジネススクールのMBA(経営学修士号)コースと言えば、企業エリートを養成する所として知られるが、過去二年ほどの間に卒業生の進路に異変が起きている。 
 
名門企業からの年収十万ドルの就職話を断って、インターネット関連の小さな企業に就職するか、自分たちで事業を始めるケースが増えてきたという。ハーバード大学のビジネススクールでは、来年卒業する学生の三分の一がインターネット関連の仕事に就くと見ている。
 
MBAの学生が、誕生して五年ほどのインターネット業界を目指すのはなぜか。 
第一に、米国の産業構造の転換が挙げられる。「空前の好景気を支えているのは、情報通信関連企業」などといたる所で繰り返されば、ネット関連のビジネスに注目せざるを得ない。 
 
実際、MBAの教室では、インターネットで成功を収めたアマゾンやeBayなどのベンチャー企業が、生きた成功例として、あらゆる点から検討される。八月にMBA学生の就職について特集を組んだビジネス誌「フォーチュン」によれば、ハーバードにデル社の創始者マイケル・デル会長(三三)が登場した時は、教室は立すいの余地もないほど満員になったという。 

第二に、最近のインターネット時代の幕開けを、十八世紀の産業革命になぞらえる風潮が学生を情報通信の分野に向かわせている。

「この変革の機会を逃したくない」とある男子学生(三一)が話す。「今から三十年後、自分の孫に『その大変化の時代におじいちゃんは一体どこにいたの?』と聞かれた時のことを想像する」 
 
第三に、学生が大企業にそっぽを向いて、小回りのきくベンチャー企業を目指すのは、安定よりも自由を取る時代感覚やライフスタイルの変化がある。

ベンチャーで成功した人たちの服装は例外なくカジュアルだ。自由な発想は、堅苦しい生活からは出てこないと言いたげである。 
 
実際、彼らは、権威や形式を生理的に嫌う。三つ揃えのダークスーツや落ち着いた役員室は、彼らの目には「時代遅れ」と映る。
 
情報技術の「速い者が遅い者を飲み込む」ビジネス環境では、形式的な会議や官僚的な手続きは時間とエネルギーの浪費に過ぎない。
 
第四に、もともとMBAを目指す人は、独立心がおう盛で、起業家精神が強い。日本と違って米国では「非常に優秀な学生は自営業を、次に優秀な学生は大企業を、その次に優秀な学生は官僚を目指す」と言われる伝統もある。
 
リスクを冒しながら自分の才覚で創造していくインターネット事業は、MBA学生のチャレンジ精神に合うのだろう。 
(了)

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