満月の日の物語⑤「9月2日」前編
「満月の日の物語」は、
毎月、満月の日に投稿します。
1話読み切り、若しくは2〜3話読み切りの
満月に纏わるショートストーリーです。
満月の日の物語⑤
9月2日 [前編]
高校に入って、はじめて好きな人ができた。
同じクラスの、森くんという男の子。
きっかけは些細なことだったかもしれない。
あれは、放課後の帰り道…
前の方に男子たちが何人かで歩いていた。
男子って横にばーっと広がって、しかもゆっくりしゃべりながら歩く。
はやく家に帰りたい私は、抜かすにも抜かせないし、歩く速度が遅くなるしで少し困っていた。
そんな時、風がびゅっと吹いて、男子たちの前に歩いていた子どものかぶっている帽子が道路の方へ飛ばされた。
私は「あっ」と、取りに行こうかと思った瞬間、
男子たちの中の1人がさっと道路に走っていって、車が来ないか辺りを確認しながら帽子を取り、笑顔で親子のもとへ帰ってきた。
子どもとお母さんは何度もお礼を言って、みんな笑顔だった。
それが、森くんだった。
他の人たちはただ見てるだけの中、森くんだけはすぐに行動した。
いざその場面に出会した時、自分なら同じことができるだろうか。
ただ、それだけのことだった。
だけど、私はあの瞬間に森くんに恋をしたんだ。
それから教室でも、なんとなく森くんが視界に入るようになった。
気になると、ちらちらと見てしまうものなんだなぁと、私ははじめての感情にどぎまぎしながら、そーっと森くんを見ていた。
森くんはクラスの中でもかなり人気で、いつも男女問わず沢山の人が周りにいて、みんないつも楽しそうに笑っていた。
私はそういう人たちと比べると、普通だし、特別可愛いわけでも明るいわけでもない。
あの中に私がいることは…
ましてや、私が森くんとどうにかなるなんて…
地球がひっくり返ってもないだろう。
だけど、同じクラスでよかった。
こうして笑ってる姿を近くで見ることができる。
楽しそうにしてる森くんを見るだけで、私は嬉しかった。
やっと夏休みが終わって、今日から始業式。
休みの間は森くんに会えなかったから、久しぶりに彼を見られることがすごくすごく嬉しい。
早く2学期にならないかなって、残りの日数をいつもベッドで数えてた。
だけど、始業式の日、
森くんの姿はなかった。
休みかな…めずらしい…
皆勤賞を狙っていた森くんが、初日からこないなんて。
そんなことをぼんやり思っていると、担任の先生が暗い顔をして入ってきた。
「おはようございます」
「おはようございます〜」
挨拶をして席に着くと、先生は黙ったままなかなか口を開かない。
なんだか嫌な予感がした。
なんとく教室内もざわざわとしてきた。
「今日は…皆さんに伝えなくてはいけないことが…あります……」
「……ぅ…っ……」
先生が泣きだしながら、言った言葉に
私の時間は止まってしまった。
「森くんが…昨日、亡くなりました…」
ざわざわしていた教室内は、しんと静まり返り
どのくらいの時間が経っただろう。
いつも同じグループにいた女子が堰を切ったように泣き叫びはじめた。
「うそ、うそ、うそ、ぅううわぁぁあああん!」
それにつられて、周りの女子も泣きはじめる。
いつも先生の話をろくに聞いていないにぎやかな男子たちも、この時ばかりはみんな呆然としていた。
「森くんが亡くなった理由ですが……」
先生も泣きながら、息絶え絶えに次の言葉を口にだそうとしたその時、
ガラガラッ!と勢いよくドアが開いて、女の人が鬼のような形相で入ってきた。
「うちの子は…うちの子は…
あなたたちに殺されたのよ!!!
どうして…どうしてあの子が自殺なんてしなきゃいけなかったの……!!いじめがあったんじゃないの?!」
後から追いかけてきた別の先生たちが、
「お母さん、落ち着いてください」と、何度も何度も制止する。
「いいから、はやくいじめ調査しなさいよ!
このクラスだけじゃなくて全部!!
どうして…死ななきゃいけなかったのか……
誰か教えてくださいよ……誰か……っ…」
森くんのお母さんだ。
きっと教室の誰もがそうわかった。
さっきまで泣いていた女子たちは、お母さんの話を聞いて静まりかえった。
「わかりました、すぐに調査しますので、ひとまず下で一度休みましょう」
足元も覚束ないお母さんは先生たちに連れて行かれ、また教室には先生と私たちだけになった。
森くんが自殺………?
自殺するような何かがあるとは思えない。
あの教室の中の森くんしか私は知らないけど、いじめなんかなかったし、死を考えるほどのことなんて彼には無縁のように思えた。
「このクラスにいじめなんてありません」
学級委員の子が言った。
森くんと仲のよかった子たちも、
「森がいじめられてたとかありえないから」
と、口々にそう言った。
「先生もそう思ってたし、今もそう思ってます…
だけどお母さんのことも思うと、一度正式にいじめ調査をしなければなりません。
みんなも今はそれどころじゃないって気持ちだと思うけど、これが森くんのためと思って、どうか協力してほしいです」
そう言って、みんなの元へ一枚の紙が配られた。
"山野高校1学年 いじめ調査書"
そこには、森くんの名前は書いてなかったけど、このクラスでいじめを目撃したことがあるか、いじめに近いようなものがあったか、それを行なっていた生徒の名前や、いじめられていた生徒の名前、クラス外にもそのようなことがあったか、何か知っていることがあったら書くように、と、色んなことを細かく書かなけばならない内容だった。
ただでさえ、今はまだこの現実を飲み込めないっていう状況なのに、学校側はどうかしてる。
私はすべて白紙で出して、
その日1日はただただ、頭が真っ白だった。
放課後、隣のクラスのみっちゃんが教室に来てくれた。
「ささちゃん、帰ろう」
「うん、帰ろう…」
「ささちゃん、大丈夫……?」
朝の出来事は、いつのまにか全クラスに伝わっていた。
「ごめん、ちょっと、大丈夫じゃない……」
「私も…ささちゃんに何て言葉をかけたらいいのか、全然わかんなくて…今日ずっと考えてたんだけど、やっぱり全然わかんなくて……ごめん…」
そう言って、私の手をぎゅっと握ってくれた。
「ううん…きっと私がみっちゃんの立場でもそうだと思う。ありがとう…」
「ささちゃん……」
「帰る前に、図書室寄ってもいいかな?」
夏休み中に借りてた本を返さなきゃ。
なんとか気力を振り絞って、私たちは図書室へ向かった。
先生に、「はい、これで全部ね」
と、カードにハンコを押してもらう。
借りた本は、どれも恋愛系の本だった。
夏休み前、この本を借りる時は、まさか今日こんなことになってるなんて思いもしていなくて、さっきは流れなかった涙が、つー、と、頬をつたった。
みっちゃんが「私も何か借りてこうかな」と本棚の方へ行くので、私も後ろをついていく。
森くんがいた時は、図書室の窓からそーっと部活をしてる姿を覗くのが好きだった。
サッカー部の森くんは、誰よりもキラキラしてて、楽しそうにボールを蹴っていた。
図書室の本はどれもおもしろそうで、装丁はカラフルで、まるで天国みたいだったのに。
今はどの本も色を失ってしまったようで全然おもしろくなさそうに思える。
ぼーっと本棚を見ながら歩いていると、ふと、一冊の本が目に入った。
"月の森"
森…って文字に反応してしまったのかもしれない。
そっと棚から本を取ると、暗い背景に鬱蒼とした森、そこに浮かぶ白い満月の絵が描いてある。そして、満月の下に小さな字で、"月の森"と書いてあった。
胸がざわざわとして、表紙を開けると、中に小さな白い紙切れが入っていた。
「えっ……」
紙には、
『1-C 森 この本を手に取ったそこのあなたへ
もしよければ、LINEください』
という文字と、LINEのIDが記されていた。
何これ……
一体これは誰に向けたものなのか…
というか、本当に森くんが書いたものなのか…
半信半疑になりながらも、私は胸の鼓動がどんどん速くなってしまう。
「みっちゃん…これ見て」
おもむろに、私は紙切れをみっちゃんに見せる。
「……えっ、これがこの本に挟まってたの?」
「うん…なんだけど、なんか怪しいような…」
「たしかに。っていうか、これいつ入れたのかな…」
「うーん…森くんって本とか読むタイプだと思ってなかった…」
「だよね…とりあえず、この本借りてみたら?
どうしてこうなったのか、何かわかるかも」
さっきまでの無力感は今もまだ続いているが、この本と紙を今私が持っている。
大事に抱えながら、私は家に帰った。
「LINE…かぁ……」
ごろんと、ベッドに横たわり白い紙切れを見る。送ったところで返ってくるはずもない。
だけど、ほんの少し、興味本位でID検索をしてみると、サッカーボールのアイコン写真と、
"mori"という名前が表示された。
「まさか……」
友達登録を押すと、私の友達一覧に森くんが追加されている。
「……いや、私なにしてんの…」
夏休み前の私だったら、もしかしたら勢いで送っていたかもしれない。
もしかしたら返信がくるかも、なんて淡い期待を抱きながら、一生懸命送る文を考えて…
だけど、今さらどうしたら……
"mori"の名前を見ながら、私はまた涙ぐむ。
あんなに知りたかった森くんとの連絡手段。
だけど、こんな形でなんて望んでなかった。
借りてきた本を少し読むと、その物語は思っていたよりも暗くて悲しい話だった。
森くんはこんな本を読んでいたの…?
純粋な恋愛ものばっかり読んでいた私には、すごく衝撃的な内容で、いつもの森くんのイメージからはとても想像ができない。
あまりにも苦しくて、途中で本を閉じた。
どうせもう届かないのなら…
いっそ、私の気持ちを全部伝えてしまっても別にいいよね…
しばらくぼうっとしていた私は、ばっとスマホを手に取ってLINEを開いた。
"mori"をタッチすると、左下にトークボタンが出る。
いつも当たり前に使っているトーク画面に、どうしてこんなに緊張するのか…
だけど、もうこれが最後なら…
私は決心して、文字を打った。
森くんへ
図書室にある月の森という本にこの紙が入っているのを偶然見つけました。
LINEをください、と書いてあったので送ってみます。
と言っても、見てもらえることはきっと永遠にないんだよね。
わかってます。だけど、これだけ伝えさせてください。
私、あの日、放課後の帰り道に、森くんが子どもの飛ばされた帽子を颯爽と拾いにいく姿を見ました。
とてもかっこよくて素敵で、あの日からずっと、森くんのことを見るようになりました。
キラキラしてる笑顔が眩しくて、友達と楽しそうに話している姿、サッカーを頑張っている姿、いつも遠くから勝手に見てました。
私、ずっとずっと、森くんのことが好きでした。
どうして、森くんは死んでしまったの…?
どうしてか、考えても考えてもわかりません。
あんなに毎日楽しそうだったのに、夏休みの間に何があったの…それか、誰にも言えない何かがずっとあったのかな……
私には全然わからなかった。
どうしたら、森くんを助けることができたのか。
ずっと、今日一日、この知らせを聞いてからずっとずっと考えてます。
だけどやっぱり全然わからなくて、どうしたらよかったのか、いや、私なんかにできることはきっとひとつもなかったんだと思う。
だけど、生きていてほしかった。
2学期は、頑張って森くんに話しかけてみようって思ってたんだよ。
森くんが生きているのが当たり前だと思ってた。
これからも、その姿を見られるんだと思ってた。
当たり前のことなんて、本当はなかったのに。
こんなこと急に言って本当にごめんなさい。
だけど、これだけは伝えたくて、LINEしてみました。届くはずないのにね。
森くん、どうか安らかに
お空の上で、幸せでいてね
1-C 月本 ささ
一気に打って、ろくに読み返しもせずに送信してしまった。
読み返してたりしたら、送る気持ちがどんどん冷めてしまいそうで…
やっぱりまだまだ心は空っぽのままだけど、少しだけ緩んだ気がした。
お風呂から出て、またベッドに戻る。
LINEの画面を開いてみるけど、もちろん「既読」なんてつくはずない。
「何を確認してるんだか…」
電気を消すと、外が明るい。
カーテンから窓の外を覗くと、白くて大きな月が空の上の方にいる。
今日は満月だったっけ。
真っ暗な闇にぽかんと浮かんでいる姿を見て、なんだか森くんみたいだと思った。
だめだ、また泣いてしまう。
さっとカーテンをしめて、布団に潜ると、
ピコン、と音が鳴った。
スマホの画面に、LINEから
『新着メッセージがあります。』と通知が来ている。
急いで起き上がって、正座になって、それからゆっくり深呼吸をして、LINEを開いた。
"mori"
同じクラスの月本さん?
LINEありがとう。月の森、見つけてくれたんだね。
実は、入学してすぐの頃にあの本に入れておいたんだけど、発見できたのは月本さんがはじめてだよ。
私がさっき送ったLINEに、今も「既読」はついてない。
だけど、森くんから返事が返ってきた。
[後編]につづく
最後までご覧頂きありがとうございました。
次回、10月2日の満月の夜にまた。
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