稲木紫織のアート・コラム "Arts & Contemporary" Vol.5
世田谷美術館「作品のない展示室」展で、なぜ、普段は見られない「建築と自然とパフォーマンス」特集が見られるのか?
美術館も軒並み、展覧会が中止され、美術館自体が閉館を余儀なくされていたが、世田谷美術館の1階では7月4日から、作品を展示せずに窓を開け、砧公園内に立地する通称・世田美ならではの自然を見せる展覧会を無料で開催中。
万全の新型コロナウイルス感染症防止対策が取られた館内に入ると、「作品のない展示室」と題された緑豊かなメインルーム奥のギャラリーに、「建築と自然とパフォーマンス」というコーナーが設けられ、壁面には、世田美で30数年間実施されてきた、パフォーミングアーツの歩みを見せるスライドショーや、一篇の映画のような記録映像が展開されている。
私が訪れた時は晴れていたけれど、雨だと湿気を含んだ木々の息吹きが、また違った表情を見せるという、風景の妙味を味わえる静的な室内から、イタリアのアーティストで、日本では絵本作家として著名なブルーノ・ムナーリ回顧展で演じられた、ダイナミックなパフォーマンスの映像に目が釘付けになる奥の展示室へ移ると、まるで芝居の場面転換のようだ。
この「建築と自然とパフォーマンス」企画を発案した、世田谷美術館の学芸員で、パフォーマンス企画を一人で担当する企画調整担当マネージャー・塚田美紀さんに、なぜこのような展示となったのか、インタビューさせていただいた。
「4〜5月のほぼ2か月間、美術館を閉めている間、私たちは在宅勤務をしていました。6月2日、世田美がもともと収蔵している作品を展示する、『気になる、こんどの収蔵品』展が2階の展示室で始まり、そこだけ開けている時に会議があったんです。1階はどうするんだ、と」
同僚の「窓を開けようよ」の言葉で、今回のテーマが決定。2009年、この美術館を設計した建築家・内井昭蔵(1933-2002)の展覧会が開催された時、窓を開けたことがあり、来館者に非常に好評だったという。それですんなり決まったが、奥の展示室は窓も開かなければ緑も見えない。空っぽで見せても、さすがにあそこは絵にならないだろう、という微妙な空気が流れた。
「その時、私が『パフォーマンスの映像で埋めていいですか?』と言ったら、それが通ったんですよ。今しかできないことをやろう、と思って。パフォーミングアーツの記録を、普段は有料の展示室で見せるのは、そう簡単には実現しないんです。普通の状況ではメインにならないから。ところが、今は、そのメインになるものがコロナで見せられないから」
まさに逆転の発想。「これだ!と思ったでしょう?」と思わず尋ねる。
「思った(笑)。それは、在宅勤務中から、妄想は実はあったんですよ。それが、思いがけずあっさりと任せてもらえたので、『よっしゃあ!』って感じでしたね。瓢箪から駒のように、前代未聞のチャンスを活かそうって」
塚田さんが世田谷美術館に勤務し始めたのは2000年。パフォーマンス担当になったのは2005年からで、15年のキャリアがある。この特集を任されて、1986年の開館以来、歴代担当者がそれぞれに残していたアーカイヴ資料を、初めて本格的に確認した。普段は通常業務に追われ、着手できない領域である。しかし、なぜ、そんなに世田谷美術館はパフォーマンスに力を入れるのだろう。
「それは、この美術館の出発点に埋め込まれている思想なんです。『開かれた美術館』という言葉があるけど、当館の場合、空間的にもあちこちから出入りでき、ジャンルにも開かれている、というのが最初からのレーゾンデートルなんですよ。私自身もいろんなジャンルが個人的に好きだし、そういう意味では、館の指針と個人の志向が幸いうまく合っていました」
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