敷島

 三笠が突然爆発して沈没した―――。その連絡を聞いた時、真っ先に顔色を変えたのは敷島であった。勿論、彼の脳裏には初瀬の事が浮かんでは消えた。日露戦争も終結し、やっと落ち着いた日々を送れると思った矢先の出来事だった。
 敷島は、朝日と巡洋艦の日進をつれて佐世保へと向かった。向かう間の息苦しいまでの重い空気に、日進は何度も泣きそうになったと言う。日進が縋る思いで横を見ると、朝日は何時もと変わらない様子だった。
 三笠が居る部屋の前で、敷島は足を止める。暫しの沈黙が続き敷島は落ち着いた声色で言った。

「朝日と日進は此処で待ってろ」
「は、はい!」
「そして、半刻経ったら部屋に入って俺を止めろ」
「……?」
「わかった」
「Thanks」

 敷島は、柄にもなくそう言うと一人部屋へ入っていった。

「朝日さん、止めろとは……?」
「敷島、三笠、殴る」
「な……殴」
「三笠、大事」
「大事だから殴るンですか?」
「うん」

 敷島型は他とは少し違うと言われていたが、それを目の当たりにして日進は何も言えなくなった。日進自身も元はアルゼンチン生まれであるから、多少は日本古来の考え方と違う部分があったが、敷島型は一種のレアケースと見て取れる。
 それは、彼らが生まれるに至った背景と最新の技術を実用化の実験と兼てふんだんに取り入れて造り上げた英国気質に依るものかもしれない。そわそわと落ち着かない日進を余所に、朝日は静かに懐中時計を眺めている。

「三笠」

 静まり返った病室で、敷島の声だけが響いた。

「敷兄ィ……」
「お前、予備艦になったから、凱旋式の旗艦は俺がやる」
「な……なんだよ、それ!連合艦隊旗艦はオレだろ!?」
「正しくはお前だった、だ。沈没して何を偉そうに言う」

 何時もと違う敷島の様子に、三笠はやっと気が付いた。それと同時に、一種の怯えのような感じをもった。敷島は三笠の隣まで行くと、首を掴んでベッドから引き摺り落とした。
 まだ満身創痍の三笠の痛みは計り知れない。それでも、呻くような悲鳴しか上げなかったのは彼のプライドか。

「下瀬火薬の不備って話だが、何処まで本当なんだかわかんねェなぁ」
 仰向けになった三笠の胸に片足を乗せて、体重をかける。
「……っう、痛」
「壊れかけめ。痛みを知れ」
「や、めろ」
 ギリギリと重さを増してゆく敷島の足首を掴むと、横にずらそうと力を入れる。
「馬鹿が」
「……っ!」

 呟くと同時に、敷島は乗せていた足で三笠を蹴り上げた。
 防御もろくに出来ず、三笠は口の中を切ったなと思った。と同時に、いきなり暴力を振るわれると言う理不尽さに腹がたった。

「………ふざけんな!いきなり来やがって何が旗艦だ!」
「ふざけるな?てめぇ、誰に言ってるか分かって言っているだろうな?」
「暴力野郎の敷兄ィだよ!Fuck!」
「暴力……?暴力ってのはもっとひどいぜ?俺はなぁ、勝ったからって気ィが緩んだてめぇにむかついてるンだよ」

 初瀬の沈没は、まさにその緩みが起こした悲しい事故である。旅順封鎖作戦中に、航行コースを変えなかったが故に、初瀬のコース上に機雷が撒かれた。掃討はしたが、それを上回る数をロシア側は用意していた。もっと慎重になっていれば、防げたかもしれない沈没だった。
 敷島は、三笠の軽率さを罵った。

「物事がわからねぇ不出来なお前には、お仕置きをして躾けないとなァ」

 沈ませたくない、確かに敷島の根底にはその気持ちがあった。
 だが、それを上回る怒りが、彼を支配していた。三笠に馬乗りになると、彼の首を容赦なく締め上げた。事実、敷島は僅かに手に触れる喉の骨を押し潰そうとしている。

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