別れの後の静かな午後

小説の書き出し、特に短編のそれはとても大切なもの。大崎善生さんはとにかく上手い。いつも感心させられるのですが、短編集『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)の最初に置かれた「サッポロの光」の書き出しは上手さを通り越してコワイ。

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 意味不明なイラクでの戦争が終わり、それでも毎日のようにフセイン残党の攻撃によると思われるアメリカ兵の死が伝えられている。いつからかすっかりその数を覚えてしまい、しかもどこかでそれが増えていくことを心待ちにしている自分がいた。

大崎善生『別れの後の静かな午後』(中央公論新社)

 アメリカ国民以外の、ほとんど全ての人のホンネじゃないですか? とはいえ、アメリカ政府による対イラク戦争を支持する人はもちろん、反対の立場の人だって、こんなことはなかなか口に出せません。それをまあ、よくもこんなにあっさりと。侮れない人だ……。

 実はこの本、去年の暮に購入してすぐに読み始めて年末に中断し、ようやく生活も落ち着き始めた先日の日曜に残りを一気に読み切ったもの。大崎さんの甘美にして端正な世界にはまりこみました。「空っぽのバケツ」から読み直したので、特にこの作品が印象深かったですね。

 ラインマーカーなしには読めないのも彼の作品の特徴で、たとえば今回は、「失ってしまったもう二度と戻ることはできない時間や空間を思うことの痛みに近いもの」(「別れの後の静かな午後」)などにラインを。なぜ痛みなのかといえば、「思い出はどんなに、綿密に賢明に組み合わせていっても、一枚のパズルには仕上らない」(同前)からだ。(2005.05.17)

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