静かな大地

 昨年刊行と同時に購入したにもかかわらず、長らく「ツンドク」のままだった池澤夏樹さんの長編『静かな大地』(朝日新聞社)。今年に入ってようやく読み始め、今は三分の二ほどでしょうか。

 帯(腰巻き)には、「短い繁栄の後で没落した先祖たちのことを小説にするのは、彼らの物語を聞いて育ったぼくの夢だった」という著者の言葉が。これは、北の大地を先住民であったアイヌとともに力を合わせて切り開こうとして、しかしついに挫折をみた男の物語なのです。

 三浦雅士さんが書評の中で、「歴史小説でもなければ、政治小説でもない。まさに失われたものへの愛惜が歌となって流れ出る叙事詩である」と書いておられました。同感です。たしかにドストエフスキー的な? 意味での長編小説ではありませんね。会話や手紙、独白や民話が渾然一体となって蕩々と流れ、哀歌を奏する。一大叙事詩なのです。

 『静かな大地』と平行して読んでいた『イザベラ・バード「日本奥地紀行」を読む』(宮本常一)でも、アイヌの文化は語られていました。宮本によれば、アイヌ民族は「日本にもあった習俗をずっと後まで持ち伝えていた」ようです。とすれば、日本の近代がアイヌをさげすみ、その文化を滅ぼしたということは、とりもなおさず日本が自らの文化を屠り去ったということにほかなりません。

 近代化の原動力は欲望でしょうか。自然も他民族も搾取の対象でしかありえない。行き着く果ての荒涼たる風景は今や明らかなのに、それに気づこうともしない人々が「勝ち組」であり、大国をなしています。哀歌は彼らの耳には届かない。(2004.02.19)

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