忘れないで

 子供の瞳ほどすべてを映す鏡は無い。子供の視線ほどすべてを見通す光は無い。たとえば映画「たそがれ清兵衛」の成功は、あどけない子供の大きく見開かれた瞳によって約束されていたように思います。

 縁あって見ることのできたドキュメンタリー「忘れないで〜瀬戸内ハンセン病療養所の島」(NHK)もまた、三人の子供たちの眼差しによって導かれ、蒙を啓かれる、美しい作品でした。

 日本の負の歴史は内に外に多々あるけれども、ハンセン病患者の隔離政策もまた、その一つに違いありません。まるで近代日本が、ぼくたち日本人が、忘れようと努めてきたかにみえるハンセン病を見据える「忘れないで」。そのテーマはとても重いのです。美しい差別などはなく、美しい罹患も考えにくい。

 それでいて見終えたあと、自分の中に何かしら明るい希望のようなものが兆し、表現しにくいけれども清涼感とすら呼べそうなあるものに浸されるように感じられるのは、隔てる壁を軽々と乗り越える子供たちの無垢なバイタリティーのおかげ。さらにはしっとりときめ細やか、そして深々とした奥行きをもつ、美しい映像の賜物でしょう。

 作品のラスト、わずか三人の子供たちを送る大島青松園の入所者を交えた卒業式・終業式の後に、島を後にする子供たちの表情は明るい。子供たちは未来を生きる存在です。大島でさまざまな名人たちを知り、学んだことは、子供たちのこれからの歩みを通して未来に語り継がれていくに違いありません。

 「忘れないで」は制作者のメッセージ、元患者さんたちのメッセージであると同時に、大島の学校を巣立った子供たちの、みずからに対する決意でもあるようです。前をむいて歩んでいく子供たちの姿に、島に生きる人たちと一緒に手を振ろう。(2008.02.28)

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