錦秋の蔵王

 宮本輝さんに「錦繍」という作品があります。ぼくが何度も読みかけては、いつも途中で本を閉じていた中編小説です。読みたくなるのは、作品の舞台が秋の蔵王であり、舞台装置にロープウエーが登場するから。そして読み切れないのは、文体が肌に合わないから。

 ロープウエーから見下ろす蔵王の紅葉は、本当に息をのむほど美しい。全山見渡す限りに色づいて、綾錦というべきか、豪華な打ち掛けをふんわりと幾重にも山肌に着せたような絢爛たる装い。

 このまま飛び降りても死にはしない。木々はやさしくぼくを受け止めてくれる。手足をおもいっきり伸ばしてこの身を青空に踊らせたらどんなに気持ち良いだろう……。ぼくは昔ロープウエーに乗りながら、そんな思いにとらわれたものです。

 今だって「思い」だけはありますよ。手に手を取って、というほど若くはないけれど。(2000.10.28)

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