アルカディア
山形県人としては、読んでいてうれしい限りだね。イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(平凡社ライブラリー)に活写される明治初期の北の日本。一般庶民はみな貧しく、大人も子供も裸に近い生活、惨めで胸がいたくなるほどだけど、彼女が山形に入るやいなや描写が一変するんです。
「米沢平野は、南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である」! 「アジアのアルカディア」だって!? ほ、ホントですか?
まったくもって気恥ずかしくなるような賛辞に満ちた記述ながら、この時期、まだ戊辰戦争の記憶も鮮明でかつ西南戦争も終わったばかりという不安定な頃合いに、しかし中央集権国家(という支配と収奪のシステム)がいまだ普請中の事情が逆に有利に働いて、地方が地方としてその地力、地味を発揮することが、あるいは出来ていたのかも……そんな想像すら抱かせる、愉快千万なイザベラの「発見」です。
彼女は秋田市も気に入ったみたいですよ。おいしい西洋料理を食べ、病院も見学しています。「繁栄と豊かな生活を漂わせ」、「商店街はほとんどないが、美しい独立住宅が並んでいる街路や横通りが大部分を占めている」。
山形といい秋田といい、今日では田舎の代名詞のように取り上げられることが多いだけに、やはり当時のこの豊かさは驚きでしょう。普通の「歴史」っていつも中央からの視点だし、また政治や経済だけが尺度になるから、実際の庶民の生活は掬いとれてこなかったのかもね。(2004.06.24)