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いろんな事を少しずつ

なんだかんだ新生活が始まって、人との関わりもたくさん増えてきた。
仕事で毎日忙しいけれど、以前よりもかなりかなり体調もいいし、思考の調子もいい。

PTSDの症状も、落ち着いた。嬉しい。
悪夢にうなされる時間も減ったし、動悸も減った。フラッシュバックはなくなった。大変に嬉しい。

顔を思い出しても心が冷え込むこともないし、言われて嫌だった言葉は忘れていった。もう思い出そうと頑張ってもメモを見返さないと特段大きなもの以外は忘れてしまった。
私の忘れる力がかなり大きいおかげなのかもしれない。というか、そこに構っていられないと言うのもあるのかも。

元気になったからこそ、できることがたくさんある事を知った。
心に余裕があるからこそ、考えられることがたくさんある事を知った。

こんな私だからこそ、この治るまでの(この苦しみと向き合う)過程は、かけがえの経験になるんじゃないだろうかと思うのだ。
感情がいつになっても構わないと思っている。けれど確実に届くようにしなければとも思っている。それが使命であり、挑戦したいことでもある。

私の今いる環境はとっても暖かくて、いいところだ。
いいところゆえに、苦悩が全部溶けていく感覚すらある。
私の悩んでいる事なんて些細なことのようにも思えるし、繊細に物事を捉える必要も、実はないんじゃないかとふと思う。

いやいや、それでも私は文章を書く人間だ。
繊細に捉えるのが仕事ですら、ある。だから文章が書けるのに。

昔と比べて、あんまり他者が自分に介入してこない環境に身を置けている。
かなり、かなりラッキーなことのように思う。
自分のプライベートを率先して伝える必要はないし、自己紹介も表面上のものだけでいい。というか、それが当たり前なのである。
根幹として考えている事を公開する必要はないし、自分が気になったり、言いたいと思った事を言う。
それが許される環境なのである。
大変ラッキーだ。

顔色を窺わなくてもいいし、自分がやってみたいことを発言できる(実現するかはわからないけれど)。
そんな環境だからこそ、甘えてはならないし、追求、探究できる機会に投資しまくりたい。
手持ちのお金は少なめだけれど、時間はたくさん持て余している。
少しずつ独立できるような手立てを考えながら、今の仕事を全力で楽しむ。

周りのニーズと自分の「ワクワク」をがっちゃんこすることで、楽しく働けると思っている。
幸い、とっても楽しいから、毎日がワクワクの連続でもある。

これから少しずつ少しずつ、今まで失ってしまったものが取り戻せたらいいなと思う。
いろんなものを、長い時間かけて失ってしまったように思う。
いや、根本的にはまだ手放していないと思うけれど——そう信じたいけれど——それでも確かめるようにいろんなものを取り戻したい。

キラキラした感情。温かい気持ち。
論理的な考え方。境界線を踏み越えない距離の取り方。
他者に縋り付かない自立した心。などなど。

人によって壊されてしまったものは、また人と触れることでしか治すことはできない。気がしている。
だからこそ繋がりは断絶させない方がいいのだ。孤立していいことはなんにもない。時間が腐ってやることがへる。

忙しいからこそ、生まれる言葉があつて、できる仕事がある。ほどほどの仕事があるから、他にも目を向けられる余裕が生まれるものだと、考えている。

壊された人からは何も得ることはないけれど、人はたくさんいる訳だから、治すヒントをくれる人の方が圧倒的にたくさんいることを、私は知っている。

どんな人と接し、どんな人と親しくなるのかは、私が決めることができそうだ。それが本当にありがたい。

大切なものをしっかりと握って、冒険がしたい。
いろんなものに触れて、いろんなことを知り、いろんなことを書きたい。
それが私にとっての幸福だろうし、それを続けられる大人になることが、今の一番の夢なのかもしれない。

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