ドローポーカー"Badugi"とSaaS新規事業開発:異なる世界を結ぶ「不確実性」と「探索」の面白さ
こんにちは、朝でも夜でも比留間です。
さて、最近新規事業開発の仕事をしており、ちょっとおもしろい着想が思い浮かんだので記事にしてみます。
ポーカーの一種である"Badugi(バドゥーギ)"を日常的にプレーしている人にとっては、カードをチェンジして、ドローを経て理想の強いハンドを作っていくゲーム性こそがBadugi最大の魅力でしょう。相手のレンジを推測しながら、何を捨てて何をキープするかを判断する瞬間には、一種のアドレナリンが放出される感覚がありますよね。
一方、SaaSの新規事業開発に携わっている人にとっては、まさに「まだ誰も確信を持っていない市場ニーズを掘り当てる」こと自体が醍醐味だと感じているかもしれません。ここでは、BadugiとSaaS新規事業開発という一見まったく異なる世界が、実はとても似た構造を持っているというユニークな視点について考えてみたいと思います。
両者が似ている最大の理由は、いずれも「不確実性の中で、継続的な探索を行いながら勝ち筋を見つける」点にあります。
Badugiにおけるドローラウンドは、手札という限られたリソースを使いながら、カードを交換して理想に近づいていくステップの連続です。一回の交換で狙いのカードを引けるとは限りませんが、追加のドローがあるからこそ、まだ希望があると感じられる。それがBadugiのスリルを生んでいる部分でしょう。
SaaSの新規事業開発においても「この顧客にはニーズがなさそうだ」と感じたら別の見込顧客にアプローチし、「予想していなかった課題に直面している企業」に出会えば、そこから新しいビジネスチャンスを開拓していくことを繰り返します。まるで、ドローのたびに手札を見直しては、より良い可能性のあるカードを引こうとするBadugiさながらです。
さらに共通しているのは「最適解がひとつではない」という点。ポーカーというゲーム全般がそうであるように、Badugiでもその時々の場の状況やプレイヤーの性格、チップ量によってベストな戦略は変わってきます。たとえば、自分の手が想定以上に良いカードに育ったとしても、テーブルの残りのプレイヤーがやけにドローを少なくしている場合には、「もしかすると相手はすでに完成系に近いハンドかもしれない」と警戒するわけです。
新規事業開発においても、「こうすれば売れるはずだ」と確信したプロダクトが、いざ市場に出た瞬間にまったく売れず、いきなり方向転換を迫られるケースは珍しくありません。
競合が思わぬ強みを持っていたり、潜在顧客が実は価格面でとても厳しい条件を求めてきたりと、状況次第で勝ち筋が変わってしまうのです。どちらにも共通するのは、環境の変化や相手の状況を読み取って戦略を柔軟にアジャストする必要があるということ。「これこそが絶対の必勝法」という手札は存在せず、常に不確定要素と隣り合わせであるがゆえに、慎重さと大胆さを両立させた戦い方が求められます。
さらに、おもしろいのは「ドロー(=営業活動)を継続するごとに、情報が増えていく」という部分です。Badugiのラウンドごとに、自分が何枚引き直したか、相手が何枚引いているのか、そして相手がベットをどの程度しているのかといった情報が少しずつ蓄積されます。
SaaS新規事業開発における連続的な営業活動でも、最初のコンタクトで得られた顧客の反応や課題感、導入を決めるためのキーマン情報などを徐々にストックしていきます。ある顧客が「どうしても予算がない」という状況であれば、それをすり抜ける術があるかもしれませんし、まったく別の顧客が「同じ課題を抱えており、それ以上の予算を用意している」かもしれません。そうやって、一度のドローだけでは明確にならなかった本当のニーズを、二度三度とアプローチを重ねるうちに発見していくのです。
もうひとつ興味深い共通点は「大きく勝負に出るタイミングを見極める必要がある」ということです。Badugiでは、最終ラウンドで手札が整ったと確信したら、強いベットをして相手をフォールドに追い込むか、もしくはショウダウンで勝ち切るという方法をとります。反対に、どうしても手が育たないなら早めにフォールドして損失を抑える決断も重要です。
自分の中でとても気に入っている新規事業のアイディアを捨てることは、非常に心理的な苦痛を伴いますが、これはBadugiでかなり良いハンドを持っているが、相手のアグレッションによっては降りなくてはいけない心理状態と非常に似ています。
SaaSの新規事業開発でも、いつまでも小さく動いていては競合に先を越されるリスクがありますが、むやみに大きな資金やリソースを投下すれば、まだ確証のない顧客セグメントに対して過剰投資してしまう危険性もあります。そこで、「この領域にはバーニングニーズ(今すぐ解決したい痛み)がありそうだ」「ここなら勝ち切れそうだ」と確信を持ったタイミングで、大胆に営業チームを拡大したり、機能開発にリソースを集中投下する必要があります。この勝負勘はBadugiで大きなポットを狙いにいくプレイヤーの思考と非常に似ているのではないでしょうか。
一方で、Badugiプレイヤーからすると、「SaaS新規事業開発って、そんなにポーカーと似ているのか?」と疑問に思うこともあるかもしれません。確かに表面上は、オフィスで行われるビジネストークや企業を巻き込んだマーケティング活動は華やかで、カードゲームとは遠い存在に見えるでしょう。
しかしその根底には、「実際にやってみないとわからない」「仮説を検証するまでは成功も失敗も言い切れない」「そして、勝負どころで一気に攻める」という原則が流れています。まさにポーカープレイヤーが相手とカードを読み合う感覚に近いものが、ビジネスの現場でも連日繰り返されているのです。「この顧客はまだ本気じゃないかもしれない。でも、もう少し深掘りして話を聞いてみたら、思わぬチャンスに化けるかもしれない」「競合A社の動きを見ていると、あちらは新しい手札をドローしているようだな」──そうした思考のプロセスは、テーブル上での推察とほとんど変わらないと言っても過言ではありません。
逆に、SaaS新規事業開発に携わる人にとっては、Badugiというゲームの奥深さを知ることで、改めて「ドローし続ける」ことの大切さに気づく機会となるかもしれません。手札が今は弱そうでも、あと一回のドローでもしかしたら奇跡的に欲しいカードが揃うかもしれない。顧客開拓も同じです。「このアプローチはダメだろう」と思っていた顧客が、ある日急にニーズが顕在化して予算がつき、導入に踏み切るケースだってあるわけです。10社20社とお会いしてもニーズがなくても21社目にバーニングニーズを持つ顧客に出会えるかもしれないのです。
ビジネスにおける失敗は、実は「勝つ前に諦めること」によって生まれるという側面も大いにあるのではないでしょうか。だからこそ、一度のアプローチで結果を判断してしまうのではなく、Badugiのように複数回のチャンスを試し、リスクとリターンを見比べながら粘り強くカードを引き直す姿勢が大事なのです。
このように考えると、Badugiのプレイヤーにとっては「自分がゲームで培ってきた読みやベットのタイミング、ドローとフォールドの見極めが、実はビジネスの世界でも通用する」という発見があるかもしれません。
SaaS新規事業開発の実務者にとっては、「自分の仕事が、まるでポーカーテーブルでの対戦のように臨機応変な意思決定の連続なのだ」と再確認するきっかけとなるでしょう。
異なる世界をつなぐキーワードは「不確実性」と「探索」。
最終的に大きな成功をつかむためには、状況に合わせた一手を選び続けること、そして諦めずにドローを続けることの大切さが強調されるのです。
BadugiもSaaSの新規事業開発も、「人間の意志決定」に関わるゲームだと言えます。
相手の狙い、競合の動向、市場の変化、自分のリソース──それらが刻一刻と変わる状況下で、最善手を模索し続ける。その過程で得られる快感こそがゲームを面白くし、ビジネスを魅力的にしているのではないでしょうか。
「ゲーム×ビジネス」という交点は、予想以上に広がりがあるものです。そこにある不確実性とリスクと期待値の計算こそ、あなたの戦略眼を磨いてくれるはずです。
Enjoy folding.
比留間
Picture from Unsplash, Ian Talmacs