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迦毛大御神のイデアに触れて#3
「お待ちください!」
タカヒコネさんの背にフェミニンな声が掛かります。
立ち止まるタカヒコネさん。
剣の鞘にぼんやり反射する女性を見ます。
二代下照姫、オクラ姫のようです。
友の死を悲しみ、一心不乱に馬を駆った中山道。
皮肉にも、
その中山道を開通させた
美濃の国守カナヤマヒコさんの孫娘、
オクラ姫(アユミテル姫)に
いじらしくも呼び止められます。
アマクニタマの娘にして
ワカヒコの妹、アユミテル姫か、
よかろう。
いつまで怒っておっても仕方あるまい。
「如何なされた」憤りも鞘に収め、
振り返るタカヒコネさん。
「はい、タカヒコネさま」オクラ姫、自分の言葉が
漂うのを待ち、さらにタカヒコネさんに近寄ります。
続けて、
怒りを鎮めんと思いを駆使して謝意を伝えます。
”昔 中山道に道開く カナヤマヒコの
孫娘 シタテル・オクラ タカヒコの
怒り融かんと 短歌(みちかうた) 詠みて諭せり”
タカヒコネさんの表情に
渋々ながらも承諾の意を感じ取ったオクラ姫。
更に身を寄せます。
詫びの言葉を尽くしたあと、
ご機嫌直してくださり有難うと、短歌を贈ります。
「もう分かり申した、これにて失礼いたす」
オクラ姫から離れようとするタカヒコネさん。
「お待ちください」
オクラ姫の潤んだ瞳がタカヒコネさんを離しません。
「あめなるや、おとたなはたの」熱を帯び、
感情が昂ぶります。
いつしか口にする言葉のみなが、
恋をつげるものに変わりゆきます。
言葉と感情が、オクラ姫のなかで溶け合います。
縄文時代の女性って情熱があって、
恋の炎を言葉で燃やすって感じだったんですね。
いや、すごいです。
オクラ姫、タカヒコネさんを恋の炎で揺さぶります。
「あめなるや 復棚機の 捉せる 珠のミスマル
ミスマルの 穴珠はやみ 誰に二輪
垂らすアチスキ タカヒコネぞや」
ミスマルは、
果てなき宇宙の星々の意思が集約された
ネックレスのようなものと意訳出来ます。
タカヒコネさんの胸もとに揺れるミスマル。
星々の連なりのようなネックレスを
美しき天の川に例えたようです。
復棚機=果てなき天の川のたとえ
「麗しや 果てなき天の川が 見せつける
あなたのミスマルの珠は怒りで揺れ踊り、
私のミスマルの珠は心ときめいて沸き踊る。
あなたはあなたのミスマルを外して、
誰の首に掛けて垂らしてあげるの?
ねえタカヒコネさん」
オクラ姫ってさぞかし誉れ高き才媛だった
ことでしょう。
その才媛に、このチャンス逃してなるものかと、
ここまで言わせたタカヒコネさんって
どんだけ格好良かったんでしょうね。
こんなこと言われてみたいですね、ほんまに。
昨今にはないロマンを感じます。
縄文時代は自分のミスマル(ネックレス)を相手に
掛けてあげることが求愛に対する
返答だったようです。
思わぬ求愛に戸惑うタカヒコネさん。
気がつくと、
オクラ姫に手を取られ、
鼓動さえ伝わる近さに身を置かれます。
オクラ姫の潤んだ瞳が迫ってきます。
タカヒコネさん、
ここはキッパリとケジメをつけます。
瞳を滲ませ手を取り、下から見上げるオクラ姫に、
多くの男達なら、光彩をハートマークに変え、
一気にのぼせ上がることでしょう。
タカヒコネさん、そうはしませんでした。
いうても後世、迦毛大御神と呼ばれる方。
オクラ姫を諭します。
「天下がる ひなつめの意は ただ背訪い
しかは かたふち 片淵に
網張り渡し めろ寄しに 寄し 選り好い
しかはかたふち」
ジェントルマン然とした天晴れな歌で応えました。
私なりの意訳とねりますが、
高天/たかま(中央政府、都)からはるばる辺境、
地方を訪れた目的は、ただ友を見舞い弔うこと、
それのみである。
そんな私に迫るとは、
これは私にとってもあなたにとっても
フェアなことではないと感じる。
私はいま完全アウェーの環境下。
完全ホームのあなたに、
まるで片淵に寄せられ
網を掛けられ
選り好みをされる魚のごとき。
この状況は
あなたにとっても私にとっても
フェアなことではないと思うが、
姫は如何考えいたす。
このタカヒコネさんとシタテル・オクラ姫の恋歌の
やりとりが、のちに
出会って間もない男女、交際のきっかけを象徴する
歌、問答となっていったようです。
うつむくオクラ姫。
表情に後悔が走ります。
自分の前で悄然と動けずにいる姫。
彼女から滲む慚愧の念を
痛みを覚える程に感じ取ったタカヒコネさん。
姫を思いやります。
「私はあくまで弔問に来たのであって、
恋愛を目的に来たのではござらぬ。
ただそれを伝えたかった、それだけです」
姫の手をそっと取ります。
うっすらと虹がかかる姫の顔。
「また改めて別の席を設けましょう」
姫の手を強く握り
「仲人を立て、お互いを確かめあいましょう」
「はい」絶望の淵から希望の未来へ生還した姫
「喜んで!」
「これにて失礼いたす」
喪屋の前に繋いでいた馬をほどきます。
「では、また」会釈し、颯爽と馬にまたがり、
虎落笛とともに風に消えゆきます。
なんでこんなに格好良いですか、ほんまに。
その後、中山道を引き返し高天に戻ったのか、
別案件で他方へ馬を駆ったのか。
いずれにせよ、
タカヒコネさんとオクラ姫、めでたく結ばれます。
夫婦になられてからのおふたりは、
高鴨神社さんがある現奈良県・御所を拠点に
それぞれ活躍されたのでしょうか。
このあたりの地名を”鴨神”と仰います。
説明不要ですね。
周辺にはシタテル・オクラ姫を祀る神社さんも
散見されます。
結婚前のオクラ姫は
ホームの美濃を出、近江の国・アワ海(現琵琶湖)
周辺、現京都府・宇治(巨椋神社さん)や京都府・
大山崎町(小倉神社さん)周辺で
活躍されていたように思います。
タカヒコネさんは
主に関東、東海エリア、現栃木県・日光、
現茨城県・新治、近江・琵琶湖東岸を経て、
奈良県・御所に落ち着かれ、御所、葛城と
現大阪府鶴見区あたりを河川で行き来し
諸問題、懸案事項にあたられたようです。
タカヒコネさん、出雲の香りが全くしません。
私だけかな。出雲に行った事すらないような。
母の多紀理姫タケコさん、
よく思い出せば彼女はアマテル神のお嬢さんで、
その息子がタカヒコネさん。
となるとタカヒコネさんはアマテル神の孫に
なるんですよね。
奈良県吉野郡吉野町に鎮まる川上鹿塩神社。
味耜高彦根神・太倉姫命。ご夫婦で祭神として
祀られます。
近世、表タグとして、皇祖天照皇大神・天君ニニギ
キヨヒトさん・オシホミミ・オシヒト皇子が
祭神として祀られています。
もちろん高鴨神社さんの主祭神、
阿治須岐高彦根のとなりには下照姫・大倉姫。
仲睦まじく祀られています。
またシタテル・オクラ姫の兄、
天稚彦命も祭神として列せられます。
興味深い神社さんとして、天稚神社さん。
京都市右京区京北下熊田町に鎮座されます。
田園地帯にひっそりと情趣あるお社ですが、
こちらの祭神が
天稚彦命・天津国玉命・下照姫命、
兄・父・妹となっており、
縄文の香りをコンプリート冷凍保存したような
神社さんです。
社会の趨勢でゴロゴロ代わる祭神ですが、
こちらは完全冷凍保存、
状態極めて良好って感じです。
アマクニタマさん一族はこの界隈にも
勢力を延ばしていたのかな。
タカヒコネさんとワカヒコさん。
他人の空似で友達同士。
はい、そうですか、おみやげ、おみやげって
それで納得出来ない何かがあるのは確かのようです。
いにしえ人は
葬儀の話の中に絡まるメタファーを
練り込みに練り込んだ。
そこは間違いないように思います。
それにしても惹きつけられて止まない神。
迦毛大御神、阿治須岐高彦根神。
次の千年紀、
誰かに生まれ変わって、
再び世のために尽力されるのでは。
そんな気がします。