勘が良すぎると
「それはもう能力だよ」友人は言葉を選びながら言った。
「俺はどっちか言うと勘が悪いから、逆に彼女に叱られるけどね」この間もリップの色を変えたのに気がついてくれなかったって、3日間口をきいてくれなかったよ。友人はぐちをいった。それを聞いて、うらやましいなと思う。昨日のアイカラーはシアンだったな、今日のはターコイズブルー。出勤して、向かいの机の女性の目元を見た。少し前はインディゴブルーだっけ。こんなことその彼女に言わない。気持ち悪がられる。
スタバで彼女と待ち合わせした。「ごめんね。遅くなって」早々に来た店員さんに、ソイラテをオーダーした。彼女は口を開いた。あのね、こないだの続きなんだけど、友達と飲みに行ったって言ったでしょ。その子がコンパに行ったんだって。そしたら彼女持ちとか、最初から最後まで会社のぐちを言ってたりとか、趣味の話しばっかりしてたとかろくなメンバーがいなかったらしいよ。いつものように、頭を動かし手を握りボディーランゲージしながらおしゃべりを続けた。彼女がやって来てから、ぼくの視線は彼女のある部分から動かなかった。「前髪を切ったんだね。うん、よく似合うよ。ネイルも親指だけ変えてる。顔のシェーディングもこの前より薄めだ」彼女は慌てて、両手で前髪を隠した。「言われなくても分かってる。切りすぎたわよ。予定よりも5ミリも。ネイルだって、シェーディングだって。あなたが勘がいいのは知ってんだから、そういうことは黙ってて。いつも傷ついてんのよ」
「大げさに考えなくていい。脳梁(のうりょう)が女性並みに大きいだけだよ」友人は慰めるように言った。「察しが良すぎると怖いって言われるに決まってる」僕は不満をたれた。「勘がいいんだから、警察官とか医者とか誰かの役に立つ職に就けばいい。これで解決、な」うんざりと口にした。
一人でいたい。誰とも関わりたくない。できるなら部屋にこもっていたい。少しくらいは騙されたい。たまには感情的になりたい。人を観察しすぎたくない。冷静でいすぎたくない。感情のコントロールが下手になりたい。誰かが視界に入るたびに、髪を何ミリ切ったとか似たような色のアイカラーをぬっているとか、あちこちを見回す。そういうことを一切やめたい。
くたくたになる。頭がくたくたになる。体がくたくたになる。精神がくたくたになる。ぐったりする。頭がぐったりする。体がぐったりする。精神がぐったりする。へとへとになる。頭がへとへとになる。体がへとへとになる。精神がへとへとになる。
❇️読んでいただいてありがとうございます。ランジャタイのユーチューブに見取り図のリリーさんが出ていて、伊藤さんがカツラということに唯一気がついたことにびっくりしました。彼は、昔から勘がいいとは言ってたけど、そこまでとは。勘がよすぎる人たちにしか分からない悩みがあるんだろうな、というのがテーマです。