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【医療費増大で国が潰れる! vs 命を財政で切るな!】の論争について解を提示しておきます。



こんにちは森田です。

先日の福生病院の透析中止問題もありまして、いま僕の周りでは、医療費限界論(医療費の膨張はもう限界でこれ以上は国がもたない)と財政タブー視論(命や医療の問題は財政で語るべきではない)の議論が活発化しています。

確かに難しい問題ですね。どちらも正論ですので、はっきり「こっち!」と言いにくいところだと思います。

傾向としては、非医療従事者・実業関係の方々や財務省・経済産業省に近い方々は「医療費限界論」を言われることが多く、また医師など医療従事者や厚生労働省に近い方は「財政タブー視論」を言われることが多いような気がします。

僕の場合、現場で患者さんを見ている「医師」としての顔もあり、また経済学部出身の「医療経済ジャーナリスト」としてマクロに国の医療を語る顔も持っておりまして、まあ言ってみれば両者のハーフ的な存在です。

そんな僕が今の日本の医療をどう見ているのか?今回はここをはっきりさせておきたいと思います。


結論から言います。


僕は本当の最終段階では「医療費限界論」を支持します。
「子供たちの世代にあるべき医療を残せない」とか「医療費で国が潰れる」なんて事態は本末転倒ですから。

とはいえ、現在の状況がその最終段階だとは全く思っていません。「人口透析」や「高額医療」を制限すべきとは考えていないし、高齢者医療費の自己負担率を1割から2割・3割に上げろ!とも思っていません。逆に医療費は無料でもいいとすら思っています。

ん?

「無料なんかにしたら、どんどん医療費が上がってそれこそ国が滅びるじゃないか!」

と思いますよね。

でも僕はそうは思っていません。


そもそも論で言えば、日本は世界でもダントツ一位の病院病床・CT・MRIを持っています(人口あたりの計算で米英など先進諸国の5〜10倍くらい)。

外来受診数(人口あたり)も米英の何倍もあります。

そんなに患者がいるわけないのに。


その原因の一つに、「日本では医療の提供が医師の自由裁量に任されているから」という事実があります。


「いやいや、どんなに自由に提供できると言っても、病院だって過当競争になれば潰れるだろう」


と思いますよね。これがつまり市場の原理です。


ですが、実際には過当競争になっても、医療提供量が増えるだけで病院は潰れません。


それはこのグラフに如実に表れています。


出展:財政制度等審議会 財政制度分科会 議事要旨等 平成30年10月30日 資料2
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia301030/02.pdf




このグラフで表現されている世界の裏には「医師誘発需要」があると言われています。そして、その延長線上に「世界でもダントツ一位の日本の病院病床・CT・MRI・外来受診数」という現状があるわけですね。


どうしてこうなるのか?につきましてはこちらの「医療市場の失敗」の記事を御覧ください。



さて、医療機関が医療提供を増やさざるを得ない背景には、

「診療報酬がどんどん抑えられるため、患者数・回数で稼がないと経営ができない」

という深刻な経営事情があります。

これがいわゆる日本独自の『薄利多売システム』で、これを背景にシステマティックで流れ作業的な医療が展開されていきます。よく言われる3時間待ちの3分診療みたいなやつですね。

欧米の数倍〜10倍まで医療提供量が多いのに、実は医師数は欧米の平均に全然届いていないのですからそれもいたって仕方がないことだと思います。

「いやいや!日本はこれだけ医療が充実しているから、医療の提供が多いからこそ世界一の平均寿命を達成したんだ!これだけの医療があるからこそいまの日本人の健康があるんだ!」


と、お思いの諸兄も多いと思います。


ただ、世界各国のデータを俯瞰してみるとそうでもないことがわかります。

こちらの動画を御覧ください。

OECD諸国のデータをもとに作成したバブルチャート。
出展:https://data.oecd.org/healtheqt/hospital-beds.htm
   https://data.oecd.org/healthres/health-spending.htm
   https://app.flourish.studio/visualisation/285710/edit
作成:著者



この動画は、先進各国の医療政策の3つの評価軸を、

access=人口当たり病床数(横軸)
quality=平均寿命(縦軸)
cost=国民医療費(対GDP比)(円の大きさ)

と想定して、バブルチャートで見える化したものです。


先進各国は、病院・病床なんか増やさずに…ていうか殆どの国が病床を減らしながら「寿命の延長」を達成していることがよくわかります。(日本は完全に逆方向ですが。)


実は近年の先進国クラスになるともう国民の健康や平均寿命に対しては、「医療」にもましてに「予防」とか「衛生環境」とか「遺伝因子」のほうが影響が大きいのかもしれません。


実は僕がこういう勉強を始めたのは、夕張での医療を経験してからのことでした。

というのも、夕張がまさにその病床が減った地域だったからなのです。

夕張の話を簡単にしますと、


高齢化率日本一の夕張市では財政破綻で病院がなくなっちゃったので、高齢患者やご家族の一人ひとりと『最期までどうやって生活する?』と膝を突き合わせて真剣に話し合ったら、意外に高度医療とか病院医療にニーズよりも在宅医療や介護のニーズの方が高く、そっちにシフトしたら医療費は低下したよ。(でも死亡率は変わらなかった)


というところでした。


よく勘違いされるところですが、

「夕張では病院がなくなっちゃったから、市民が受けられる医療が制限された」

というのは正確ではありません。

事実、統計上、夕張市民の人工透析患者総数も新規透析導入数も総合病院があった時代から横ばいで減っていません。医療費を理由に医療を制限したいなら人工透析のような高額な医療は率先して減らしたいところですが、統計を見ても、事実はそうでなかったのです。実際の診療現場でも、患者さんやご家族が本当に望むなら人工透析だって全然ありでした(市内では透析が出来ませんが、今はどこの病院も透析患者を欲しがっていますので隣町の複数の病院が夕張までバスを出して送迎してくれます。もちろんその医療費は夕張市民として夕張市に計上されます)。…まぁ、胃ろうは減りましたけどね、腹を割って話せば、実はニーズがあまりなかったので(とはいえ、実はご家族の強い希望で胃ろう増設例も1例はありました)。ちなみに気管切開はゼロでした。

つまり、夕張の医療は「病院がないから無理ですよ」とか「高額医療だから諦めましょう」とか「胃ろうなんて無駄だからやめましょう」とか、そんな風に上から目線で決めつける医療ではなく、

患者さん・ご家族と医療者が、患者さん一人ひとりに本当に必要な医療を、膝を突き合わせて一緒に悩む医療」

だったわけです。


 特に終末期医療や高齢者医療については、医学的な正解が本当に『その人の人生の質の向上』に資するものなのか微妙なことも多く、高齢になればなるほどより正解のない世界が広がっていきます。なので、本来このように、「その患者さんそれぞれに必要な医療」を膝を突き合わせてオーダーメイドで考えていくべきなのですが、「薄利多売システム」でしかも「医師不足」の日本では医師には本当にそんな暇はないのです・・・結果、ガイドラインに則った無難な医療がベルトコンベア式に提供されていくのも仕方ないのかもしれません。


ベルトコンベア式の医療のイメージ



・・とはいえ、

きちんと膝と膝を突き合わせたオーダーメイドの医療


が地域に求められる医療の本来の姿であることに変わりはありません。

僕は本当にそれが出来たら日本の医療費は格段に減ると思っています。


実際、ヨーロッパや北欧で隆盛を誇る『家庭医・総合医』の世界は、そうした『患者中心の医療』をしっかりと目標として掲げて若手医師を育成しています。ちなみに、欧州各国では新人医師の約半数が『家庭医・総合医』の道を選ぶそうですが、昨年の日本の総合診療医の専攻医は全体のたったの2.0%でした(^_^;)。

先進国で病院・病床が減っても大丈夫な理由の一つには、『患者さん一人ひとりに必要な医療を一緒に考えてくれる総合診療・家庭医療』が地域全体に存在する、という事実が間違いなくあるでしょう。


もちろん、そこまでをやっても医療費が足りない、医療費で国が滅びる、
と言う事態も想定できないことはありません。さすがに、そこまで行ったら「医療費限界論」が出てきても仕方ないと思います。ただ、現状ではそんなことは全然なく、

まずは、医療があるべき姿になる


これが先決だと思います。


冒頭の福生病院の透析中止事件もそうですが、真の問題は

「透析を中止したのか、しなかったのか」ではなく、


「患者・家族と医療者が膝を突き合わせて一緒に悩んだ過程がそこにあったのか?」


にあるのではないでしょうか。



日本中でこうした医療が広がっていけば、(たとえ医療が無料になったとしても)

「高齢化率が上がるに従って日本の医療費が下がる」

ということだって起こりうることかもしれません。


だって、人間の死亡率は100%、高齢になればなるほど

「医療で解決できないこと」

の方が多くなってくるのですから。そこでしっかり膝を突き合わせて、みんなで一緒に悩む、思いを傾聴し共感しながら一緒に悩む医療が展開できれば、意外に高度医療とか病院医療にニーズよりも在宅医療や介護のニーズの方が高い、ということに気づく(夕張がまさにこれでした)、そしてだんだんとベルトコンベア式の病院医療が減っていく、そして日本の医療費の多くの部分を占める高齢者医療費が減っていく、こういう図式だって想定出来るのではないでしょうか。



ま、こんなコト言ってる僕自身、夕張に行く前、総合病院勤務時代にはそんなことかけらも考えられなかったので、こういうことを実感するのってなかなか難しいことかもしれませんけど。


・・・こんな僕の考え方、今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんが・・(^_^;)

皆さんはどう思われるでしょうか。





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僕の本

財政破綻・病院閉鎖・高齢化率日本一...様々な苦難に遭遇した夕張市民の軌跡の物語、夕張市立診療所の院長時代のエピソード、様々な奇跡的データ、などを一冊の本にしております。まさにこれが地域医療・地域包括ケアシステムのあるべき姿だと思います。
日本の明るい未来を考える上で多くの皆さんに知っておいてほしいことを凝縮しておりますので、是非お読みいただけますと幸いです。



著者:森田洋之のプロフィール↓↓

https://note.mu/hiroyukimorita/n/n2a799122a9d3



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夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)