見出し画像

齊天大聖廟

孫悟空の別名が"齊天大聖"というのは、皆さんよく知っていると思います。しかし、中国ではこれは具体的に廟に祀られている神様だということはご存知でしょうか?

中野美代子氏の孫悟空の研究

中国の文化に関する書籍に、中野美代子氏の著した「孫悟空の誕生」という本があります。この本は、日本にいる頃に図書館で借りて読んでいました。
この本に書かれていたのは、孫悟空の猿のモチーフには、インドをルーツにしたハヌマン神などの影響があって、単なる娯楽的な読み物としてではなく、様々な外来文化のイコンを表しているテキストとして、とても興味深いものであるというものでした。

こういう本を読んでいたので、孫悟空というのは中国人にとって異国からやってきたある種の偶像的なものなのだろうという知識は持っていました。

泉州晉江で見た齊天大聖廟

2018年3月に福建に旅行した時のことは、すでに別の記事で書いています。この時、偶然に泉州の晉江という街で齊天大聖廟を発見しました

廃墟となっていた古い住宅街の上の方で、新しい高層マンションが建設中だったのですが、その時に工事中の建物の足元に、とても変わった形の廟を見つけました。建材や色合いはよく見る中国南部の廟と同じなのですが、屋根の頂部に乗っている部分の形が八角形になっていたのです。こんなモダンな形の廟は見たことがない。一体どんな神様を祀っているのだろうと中を覗いてみました。
そして、神像の上にある文字を見て驚きました。"齊天大聖"とあるのです。これは、もしかすると孫悟空のあの"齊天大聖"なのかと、勇んで神様の様子を確認してみると、果たしてそこには猿の像が祀ってありました。これは、孫悟空/齊天大聖を祀る廟だったのです。

その時まで、齊天大聖は中国では神様の名前であるということは知りませんでした。齊天大聖は、西遊記で三蔵法師と一緒に天竺にお経を授かりに行く孫悟空だけでなく、インドのハヌマン神の文化的なイコンだけでもなく、中国の廟に祀られる、民間信仰の神様でもあったのです。

八角形の頂部が特徴的です。
この外観がとても印象的なでした。
"齊天大聖".と繁体字で書いてあります。
齊天大聖は可愛い猿の様子でした。

台南で見た孫悟空

台南では齊天大聖廟を見たことはありませんが、孫悟空と思われる神様が、街中の廟の前を練り歩いているのを見たことがあります。

初めは、廟の周りでの客寄せのアトラクションなのかなと思ったのですが、もしかすると齊天大聖廟から来ているのかもしれないとネットで調べてみると、果たして台南にそれはありました。名前は台南和順齊天大聖廟、台南駅からはだいぶ北に移動したところにあります。僕がこの孫悟空を見たのは、台南の街中なので、わざわざそこまで出張に来ていたのですね。
住所には大聖路とあるので、この地域ではとても古い廟なのでしょう。

動く孫悟空を台南で見ました。

新竹五指山でも齊天大聖に遭遇

2023年の12月に新竹の五指山に仲間とハイキングに行ってきました。駐車場に車を停めて、さあ出発だとスタートしてすぐ、下の写真の孫悟空の像に出会しました。看板には齊天大聖とか大聖爺と書いてあります。ここにも齊天大聖廟があったのです。これは見に行かねばなるまいと、ハイキングの時間を少し遅らせて、齊天大聖廟を確認に行きました。

この看板の位置から、ハイキングルートとは別の山の方向に5分ほど歩くと、そこに齊天大聖廟は鎮座していました。建物もとても小ぶりで、山の中に埋もれている様な状態でした。
ここにいた齊天大聖は、ぱっと見では猿とは分からない、少し怖い顔をした神様と言った様子でした。この像だけ見せられても齊天大聖だとは分からないでしょうね。

ハイキングルートにあった齊天大聖廟への案内。
齊天大聖廟の様子。とても小さな廟でした。
齊天大聖の像。
猿のイメージはあまり感じられません。

台湾の齊天大聖廟

実は、もう一つ高雄で齊天大聖廟を見かけたこともあります。屏東里港から高雄の月世界にドライブしていた最中、ふと窓の外に齊天大聖とあった看板を見かけました。ただし、この時は家族で月世界に向かっている途中でしたので、寄り道はできませんでした。ああ、こんな田舎にも齊天大聖が祀ってあるんだと気がついただけです。

しかし、こんなところにもあるのなら、台湾には他にも色々齊天大聖廟があるに違いないと、ネットで調べてみると、想像した通りにいくつもの齊天大聖廟があることを知りました。齊天大聖廟は、マイナーながら知る人ぞ知るという廟なのですね。

齊天大聖の信仰

この記事を書く為に、改めて齊天大聖のことを調べてみました。中文のWikipediaに齊天大聖の信仰について簡単な説明があったので訳出してみます。

在中國民間信仰中,齊天大聖是重要的神祇之一,且信眾遍及兩岸三地。福州「屏山紫竹林洞天府齊天大聖祖殿」為福建最重要的齊天大聖信仰發源地之一,另一處發源地則為順昌,當地的寶山大聖信仰(齊天大聖與通天大聖),包括了寶山的天然猴形巨石與建於山頂的齊天大聖及通天大聖墓祠,並備許多齊天大聖信眾視為大聖信仰的祖地。學者認為其始建年代應為元末明初,早於吳承恩《西遊記》的創作時間(明代),因此也有學者認為齊天大聖孫悟空的原型可能來自閩越原始猴神崇拜,而猴神崇拜受《西遊記》之賜,使得「齊天大聖」成為家喻戶曉的角色,遂與其他猴神信仰混淆,其後許多各地固有的猴神信仰均以「齊天大聖」為通稱(亦有保留原名者,如福州丹霞大聖信仰)。也因此,在華人社會有不少齊天大聖孫悟空的廟宇,如台灣澎湖白坑玉聖殿相傳功俸齊天大聖,據傳源自於白坑村乃有猿穴窩藏的傳說。香港九龍大聖寶廟亦是供奉孫悟空的道教廟宇。

Wikipedia

中国の民間信仰において、齊天大聖は重要な神様であり、その信者は中国大陸、台湾、香港各地にいます。齊天大聖信仰の発祥の地の一つとして、福建福州の「屏山紫竹林洞天府齊天大聖祖殿」が知られています。もう一つの発祥の地は順昌です。この地の山の神様の信仰(齊天大聖と通天大聖)は、山にある猿の形をした巨岩と、山頂の齊天大聖と通天大聖の祠を契機としており、そのためここが齊天大聖信仰の起源と考えられています。学者はこの廟の建設は元末明初と考えており、それは吳承恩により「西遊記」が著されるよりも前のことです。そのために、学者は齊天大聖孫悟空の原型は閩越(福建省と浙江省)における猿への信仰から来ていると考えています。この猿に対する神格化が、「西遊記」という小説の人気でさらに有名になり、齊天大聖が多くの人の知られるところとなりました。その後、次第に齊天大聖の名が、中国各地の猿信仰と融合していき、各地の猿を神体とした神様が「齊天大聖」の名を冠する様になりました。(元の名前を保持している廟もあります。例えば福州丹霞大聖など)
そしてその為に、現在の華人社会には少なからず齊天大聖廟があります。例えば、澎湖の白坑玉聖殿は齊天大聖を祀っていますが、これは白坑村にある猿穴の伝説が元になっています。香港九龍大聖寶廟は孫悟空を祀っている道教の廟です。

この説明では、土着のサル信仰が元になり、西遊記の人気と相まって、多くが齊天大聖の名を冠せられたとなっています。中野美代子先生の本がこの中国の土着信仰の部分に触れられていたかよく覚えていませんが、元末明初に齊天大聖廟の起源が現れるという記事と、これがインドの猿の神格化という考え方は矛盾しない様に思います。元王朝の支配の元に、泉州が国際貿易港と発展していたこと、齊天大聖廟が殊に福建と台湾に多く存在することなどから、この猿を神格化するというモチーフが中国にもとからある福建地方のものと、海外から来たものとが融合したのだと、合理的に説明できる様に思います。

また、この齊天大聖廟が大雑把にいって閩南人の住んでいる社会にしか存在していないというのも面白い現象ですね。中国に普遍的にある信仰ではなく、閩南人と華僑のいる社会にしかこの信仰はないようです。

猿と猴

ちなみに、日本語でサルと言った場合に普通""の文字を使いますが、中国語ではサルに""の文字を使うこともあります。例えばニホンザルは日本獼猴、台湾サルは台灣獼猴です。日本語で一般的にイメージする小柄なサルは猴子或いは獼猴と呼ばれます。
また、サル一般を指す言葉として"猿猴"という言葉もあります。中国語でのこの2つの別は、猿の場合は尻尾のないサル猴の場合は尻尾のあるサルということなのだそうです。

各種のサルの中国語訳は次の様になります。猩猩という言葉もありますね。

ニホンザル:日本獼猴
チンパンジー:黑猩猩
テングザル:長鼻猴
オランウータン:紅毛猩猩
テナガザル:長臂猿
ゴリラ:大猩猩

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?