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【台湾建築雑観】リスク管理の考え方

台湾の建築工事の現場管理を見ていると、基本的な思想で日本と異なることがある様だと考えています。それは、どこにリスクを想定するかという、リスク管理の問題です。
具体的な事例を挙げて、その裏にある基本的な考え方とその問題を考えてみます。

躯体開口

コンクリートの躯体に、アルミサッシを取り付けるために開口を設けます。通常コンクリート側にサッシ取り付け用の鉄材を埋め込み、これにサッシ枠を取り付けるため、25〜30mm程度の隙間を設け、この空間を利用して溶接をしサッシを固定します。
最終的には、この隙間にモルタルを充填し、外部と遮断するわけですが、台湾ではこの隙間がとても大きくなっています。施工図には、標準納まりによる開口寸法により、開口の位置が定めてあるはずなのですが、実際はそれよりも大きな隙間になる様、型枠の大きさが調整されている様に見受けられます。

これは、最終的なサッシの位置を微調整可能な様に、開口寸法をわざと大きく施行しているのではなかろうかと考えています。隙間の寸法が大きければ、取り付けには問題はなく、その隙間を埋めれば良いだけです。
日本では、必要十分な寸法を設けることが肝要で、あまりに大きな隙間は好ましくないと考えられています。

カーテンウォール工事

台湾の高層建物の工事現場を見ると、鉄骨が組み上がり床スラブもできているのに、そのままの状態で放置されて、なかなかカーテンウォールが取り付かないという状況をよく見ます。
日本の工事の常識では、構造架構が出来上がったら、次のステップは外装工事で、この段階で止水をしっかり行い、その後内装仕上げに進みます。そして、外装カーテンウォールはできるところからすぐにでも始めるべきものと考えます。
また、カーテンウォールは工場で製作してくるものなので、現場での作業は取り付けだけになり、非常に簡単に進められるはずです。しかし、台湾では遅々としてこの外装工事が進まない。その様なことになっています。

この原因は、鉄骨の架構が完成してから現場の状況を確認し、その結果を元に施工図を作成するので、鉄骨が組み上がらないと最終的な施工図が承認されないからだと聞いています。
そのために、日本の工事の様に鉄骨工事の後を追いかけて、カーテンウォールがすぐに取り付いていくという風にはなりません。

鉄骨における二次部材

鉄骨による構造フレームに、庇を設ける様な工事の場合、日本では庇となる最終的な面材のみが金属工事になります。そして、その下地になる鉄骨の柱、梁、それからそこから持ち出しになる片持ちの小梁などは全て鉄骨工事になるのが普通だと思います。
しかし、これが台湾ではそうでないのです。

台湾では、この持ち出しになる部分の鉄骨も含めて金属工事の業者が施工するのが普通なのだと言われました。理由は、それぞれの漢族業者によって、庇の作り方が異なるためということです。
そうなると、本体となる一次鉄骨と、持ち出し部分を支える二次鉄骨をどの様に繋げるかを予め考えておかないといけません。その様な二次鉄骨を現場で溶接するのは、梁の鉄骨を変形させてしまうため行わないのが日本の常識です。そのため、梁に片持ち梁を繋げるためのフランジを用意して、そこに二次側業者の鉄骨をつなげる様にすべきと提案しました。
そうしたところ、台湾側の技術スタッフは全員で反対してきました。台湾ではそんなことをしても、現場では必ず間違いが起こる。間違いが起こらない様にするためには、二次鉄骨の業者に溶接で取り付けさせる様にするのが最も確実だ。そのために現場溶接で行わせるのが台湾のやり方だと、そういう説明でした。

僕は、こういう説明があることは想定していました。そもそも建築師が、その様な意図で設計図を書いており、梁につく二次鉄骨部材は金属業者に作らせる。その部分は、設計者としては関知しないと言っていたからです。設計者がその様な設計図しか用意しておらず、現場の説明もそれに沿っているので、僕の様な立場の日本の建築コンサルがこの段階であれこれ言っても始まりません。

現場溶接をさせないことが必須であれば、この鉄骨二次部材を当初から構造設計図に入れさせて、その様な工事区分であると明確にさせておかないといけない。そういう類いの問題だと判断し、この場合は台湾側のやり方で検討を進めることにしました。

この様な工事になる理由

ここに挙げた3つの工事の状況の台湾側の説明によると、ことの本質は次の様なことになるのだろうと僕は考えています。

「台湾では、前段の工事の精度を信じてはいけない。これを信じて工事を進めると、痛い目を見るのは自分達である。従って、前段の工事の実際の結果を見てから自分たちの工事内容を確定し、次の工事を進めるべきである。」

そのために、日本では図面承認でどんどん進められる工事が、いちいち前段の工事の結果を確認してからでないと、次のステップに進められないという状況になっています。
翻って言うと、台湾では工事の精度に対しての信頼性がとても低いと言うことです。それを台湾では皆が社会的教訓、或いは常識として共有している。それを前提として建設生産の仕組みが動いている。その様なことなのでしょう。

しかし、この常識は台湾ではそうかもしれませんが、日本人から見ると、とても非合理的に映ります。図面で確認したら、それを信じて全てを進めれば良いではないか。設計基準で許容誤差を定めたら、その誤差の範囲で全ての工事をおさめる。建築工事を合理的に進めるためには、皆が正確に精度高く工事を行えば良い。そんな風に思います。

しかし、それは日本では可能でも、台湾では実現不可能な様です。台湾では様々なものごとに、日本の様な精度を求めることができないというのが実情なのでしょう。ですので、日本と比べると確認のためのステップを踏む。或いは後から乗り込む業者に責任を持って作らせる。その様な対応になるのだと思います。

以下は、僕の想像です。
台湾のこの様なやり方は、戦争という様な極限状態においては、時間的なロスを伴い、自軍を不利な状況に陥れてしまいます。軍事組織の全体が、それぞれの責務を果たし、自らの仕事を正確にこなし、決められた期日内にそれを完成させる。そして、必要なタイミングで、必要な武器を正確に戦場に届ける。部隊を前進させる。
これらのことを、定められた計画に基づき、それぞれの部門が正確に行っていかないと、戦場に武器が届かなかった、部隊が間に合わなかったでは、戦争に負けてしまいます。
日本の組織というのは、対象としている仕事は戦争ではありませんが、スケジュールと精度に関しては、この様な緊張感を持って仕事をしている様に思います。日本では明治以降の官僚組織の業務と戦争体験に基づき、仕事に対してこの様な態度で臨むということが徹底されているのでしょう。

一方、台湾の組織においては、この様な仕事の精度やスケジュールの遅れが、自らの存在の生死に関わるという様な緊張感はないのではないでしょうか。その様な組織の訓練のあり方の違いが、この現場管理の精神に表れているのではないか。
中華民国の軍隊が、日本の軍隊には歯が立たず、アメリカの協力を得て、ようやく第二次世界大戦に勝利した。それと同じことなのではないかと考えています。

建設業界というのは、とてもドメスティックな産業です。国際的な競争にさらされると明らかな問題であっても、国内でしか比較判断できない事象が多くて、井の中の蛙状態になりがちなところがあります。
台湾の建設業界は、日本と比べるとその様な状態にあるのだと考えています。国際的な競争にさらされていないため、今の状況にとどまっている。そういうことなのでしょう。

一方、僕は参画したことはありませんが、半導体の工場などでは世界でも最先端の施設を建設するために、とても精度の高い工事を短期間で進めているという話も聞いています。そして、その工事のレベルを短期間で実現するためには、コストを湯水の様に使っている様です。
高い品質と、短いスケジュールを実現するためには、それなりのコストを支払わなくてはならない。台湾の社会は、今そのことを学んでいるところかもしれません。

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