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【台湾建築雑観】跑照、建築ライセンス取得業務コンサル
台湾の建築工事の実務の中に、日本では存在しない"跑照"と呼ばれる役割の人がいます。言葉の原義は"為了取得建築使用執照,與建管單位協調的人"くらいの意味でしょう。建築使用ライセンス取得のために役所との折衝に走り回る人という意味です。
この記事では、この役割が存在することと、その意味を考察します。
日本での建築確認申請業務
まず、取り掛かりとして日本の建築確認申請業務のことを説明します。
日本では建物を設計し、これの工事監理をし、行政から確認済証の交付を受ける、これらの一連の業務は建築士が行います。建物の内容によって構造技師、設備技師、ランドスケープデザイナー等が加わることはありますが、彼らは建築士の統括のもとに個々の専門的なサービスを提供します。大規模な地形の変更を伴う様な場合は土木コンサルタントが加わることもあります。これは建築士とはパラレルな立場で仕事をすることが多いです。
また、最近では行政はこの建築確認審査の業務をよく外部委託しています。指定確認検査機関が建築確認申請内容の審査をし、竣工の際も検査機関の検査員が行う様になってきています。
これらの検査機関は民間会社のサービスとしてこの業務を行っているので、きめ細やかにサービスを提供しますし、審査する内容も非常にオープンになっています。
これは、建築確認申請の業務が透明化されている、一般化が進んでいるということを反映しています。行政もこの業務は彼らが関わるべき重要な業務ではなく、これは民間委託しても構わないと考えているわけです。
これらの流れは、小さな政府を目指す、税金を使って行うべき仕事を最低限のものにし、出来るだけそれまでの政府の業務のうち外部委託できるものは、外部で処理してもらおうという考えに基づいています。
台湾での建築ライセンス取得
台湾でも建築ライセンス取得業務に主体的に関わるのが建築師であることは同じです。彼らの統括のもと構造技師、設備技師、ランドスケープデザイナーが加わるというのも同じです。
しかし、台湾の場合、彼らだけではこの業務が完結しません。"跑照"が必要になります。これまで台湾で沢山の建築業務に関わってきましたが、いずれの場合もこの"跑照"は存在しました。公共の建物に関わったことはないのでなんとも言えませんが、政府が自ら建てる建物では、事業主と許認可権者が同一になるので、この役割は必要ないのかもしれません。
この許認可取得コンサルは、立場としては建築師の元にではなく、営造会社の元に雇われます。そして、工事の内容が役所の検査にパスするかどうかを、工事のあり方、写真の撮り方、申請文書の作り方一つ一つに渡って指示を出します。現場は跑照の指摘事項を全て潰すことで工事を進め、写真を撮り、申請書類をつくります。
この部分は台湾では、建築師に頼っているだけでは不十分で、この様な専門のコンサルタントが処理しないと解決しないという認識で一致しています。
しかし、日本ではこの様な役割は存在しないのです。ですので、これは台湾の建設事業に関わる、とても特徴的な事象であると考えられます。
法治ではなく人治であった歴史の名残り
この業務について分析した本は見たことがないので、以下は僕の全くの個人的な考えです。
台湾では、過去国と地方行政の許認可権がとても強い時代が続いていました。戒厳令が解かれたのが1987年です。この時点までは、民間企業の自由な競争は制限され、国の発言権は非常に大きかった。そして国と行政はこの許認可権を使って、建設事業に対しても様々な制限を加え、統率を図っていました。
建築使用ライセンスの取得というのはその最たるもので、これがおりないと建物が完成しても使えないわけです。それなので、行政の側に様々な人間的な働きかけをして、これをスムーズにおろしてもらえる様にしたのでしょう。
この様な仕事は、恐らく建築師ではなく行政側の担当官との個人的な関係を有する第三者が行っていたのでしょう。そして、その様な潤滑油が入ることで建築使用ライセンスの取得をスムーズに処理することができたのでしょう。
過去のその様な仕事の習慣が、今もって継続しており、デフォルトの業務となっている。僕はその様に考えています。
今後克服されるべき課題
しかし、これは建築使用ライセンスの取得という業務フローが充分透明化されていない、審査が行政の担当官の考えに左右される面が大きい、ということを反映していると考えられます。それで、審査担当官に何らかの人間的な関係を構築し、彼らの審査の項目と内容を事前に把握する。そしてそれに合わせて申請書類を準備するよう、営造会社にアドバイスをするわけです。
日本では、建築確認申請の審査手法は一般化され、また民間の検査機関に委託されるなどして、誰がどの様に申請しても大体同じ様に処理することができるので、建築士が処理すれば充分です。そのため、台湾の跑照の様な人間は存在しません。
台湾では、ITや防疫関係の行政の動きはとても先進的で、世界の模範になるというような論調も見られます。しかし、ことこの建築使用ライセンスの取得、建築に関わる許認可申請の恣意性、不透明さについては、世界の水準から見ても遅れているのではないか。そして、その象徴としてこの"跑照"という業務が存在している。その様に考えています。