劇辛ハーモニー
ピアノのスコアを色々見ていると、とても面白い"短2度音程"のハーモニーを使っている例があります。その実例と、何故そのような音使いをするのが可能なのかという理由を説明してみます。
クラシックでは嫌われる短2度音程
クラシック音楽のハーモニーの考え方は、基本的に協和音程を好み、不協和音程を避ける傾向があります。例えば、完全5度や完全4度、長3度、短3度、長6度、短6度は協和音程と見做されています。そして、長2度、短2度、増4度、減5度、長7度、短7度は不協和音とされています。
現代のポピュラー音楽やジャズでは、この不協和音を積極的に用いることで、新しいハーモニーを作っています。長7度音程を使うM7th コードや、9度音程を使うテンションコードなどは、とても頻繁に使われています。
しかし、短2度音程だけは取り扱いがとても難しく、あまり使われていません。そんな中、いくつか短2度音程を使う面白いハーモニーがあるので紹介してみます。
Wikipediaによる協和音と不協和音の説明
【M7】
CM7で説明します。
この和音は、一般的にはC/E/G/Bという長3度、完全5度、長7度という3度堆積の和音になります。これを第3展開型にすると、G/B/C/Eとなり、B音とC音の間が、短2度になります。しかし、このハーモニーは許容される使い方です。
これは、B音とC音だけ取り出すと確かに短2度音程なのですが、B音とE音、G音とC音がそれぞれ完全4度となっているためと考えています。B音とC音に対して、それぞれ完全協和音が伴われているので、全体としては整ったハーモニーに聞こえるということです。
短2度音程が中に挟まっているので、ある種の緊張感を伴って聞こえる。その様なちょっと特徴的なハーモニーです。
このハーモニーには、応用編として次の様な組み合わせもあります。
E/B/C/G
この形だと、短2度音程の下と上は共に完全5度音程のオープンハーモニーになります。2つの完全音程の間に短2度音程が挟まれるという、これも面白い組み合わせです。このハーモニーは、セオリーとは異なり低音部に3度と7度、高音部にルートと5度という組み合わせになります。しかし、この様な形のハーモニーも見かけないわけではありません。ちょっとひねった音の組み合わせです。
【m7 add9】
Cm7 add9で説明します。
僕は、9thのテンションノートを多用してピアノ演奏をしています。これは、David Fosterの楽譜を研究して、コードに9thのテンションを加え、これを展開させて用いるというハーモニーの作り方を知ったからです。
通常、9thのテンションハーモニーはトップノートとして使います。これをCm7th に用いる場合、C/E♭/G/B♭/Dという形になります。これですと3度音程の堆積になり、短2度音程は現れません。しかし、このハーモニーの、展開型を使うと、短2度音程が現れます。それはD音とE♭音の間です。
例えば、C/G/Dを左手で低音部で弾き、その上に右手でE♭とB♭を重ねる。このように弾くと左手は完全5度の堆積となり、右手も完全5度音程。それが中間のDとE♭の不協和音で隣り合っているハーモニーになります。
C/G/D/E♭/B♭
これも、完全音程で作られているハーモニーの中で、内声部に短2度音程が使われているために、全体としては調和している。その一方、9thと短3度間の短2度音程が、とても不安定な響きを醸し出しています。
このマイナーコードにおいて、短3度に9thをぶつけるというアイデアは、他の形でも応用できます。例えば、C/B♭/D/E♭/Gとか、C/D/E♭/G/B♭などという弾き方です。9thがナチュラルテンションであり、短3度が主要なコードノートであるために、内声部のどこにこの短2度を配置しても、マイナーコードとして成立します。そして、この短2度音程がマイナーコードの不安定さを強調していると考えています。
【7th add9♭】
G7 add9♭の形で説明します。
9♭thのテンションノートは、マイナーコードに解決する場合のドミナント7thに対してよく使われています。この形にすると、ルート音以外はディミニッシュコードの形になり、2つのトライトーンを含む不安定な響きとなります。尚且つ9♭thがルートに対して短2度音程となり不協和音として響くことになります。
通常9♭thをトップノートに置くと、短2度音程は現れません。
G/B/D/F/A♭
しかし、この9♭thを低音部に置いて、ルートとぶつからせると、短2度音程が現れます。
G/A♭/B/D/F
他にも、低音部にトライトーン、高音部にもトライトーンという配置にして、内声でルート音をぶつけるというアイデアもあります。
B/F/G/A♭/D
D/G/A♭/B/F
この場合の短2度音程は、ルート音と9♭thの間に現れます。ディミニッシュコードの2つのトライトーンのハーモニーの中に、ルート音をぶつけるというアイデアです。
【7th add9♯、13♭】
これはA7 add9♯、13♭で説明します。
ロシアの作曲家、ニコライ・カプースチンの演奏はとてもジャジーです。そして、作曲者自らにより監修された、とても詳しいスコアが市販されています。僕のピアノのレベルでは、一体何がどうなって、この様な音使いになっているのか理解できない、あまりに難易度が高すぎる、演奏も困難な楽譜です。
そんな中、この不思議なハーモニーが現れて、これは何だと、頭の中が疑問符でいっぱいになりました。こんな音使いをしているのです。
A/G/C/C♯/F
CとC♯が隣り合っており、短2度音程を形成しています。この2音は、ルート音Aからの音程を数えると、9♯と長3度になっています。このハーモニーは弾くと格好良いのですが、長い間その意図するところが分かりませんでした。
初めは、長3度と短3度が同時になっているのかと考えましたが、それでは和音の考え方にそぐわない。メジャーかマイナーかどちらかのカラーの和音でなくてはならないはずです。
それで、いまはこのC音は9♯thのテンションノートなのだろうと考えています。そして、下記の様な解釈をしています。
A/G/C/C♯/F、の音の組み合わせを、次の3つに分解します。
1. A:ルート音
2. G/C♯/F:7度音Gと3度音C♯のトライトーンに、13♭に当たるF音を加えたハーモニー。C♯とFは長3度の協和音程になっています。
3. G/C/F:これは、どちらの音程も完全4度音程で、4th buildの形になっています。音程は、Gは短7度、Cは9♯、Fは13♭です。短7度をベースに置いた4th build と考えられます。(僕は演奏する際には、7♭/3♭/6♭と考えています。7/3/6の4th build が半音下がったという理解です。)
そして、この1.と2.と3.を合体させると、A/G/C/C♯/Fというハーモニーになります。アイデアとしては、G音とF音という短7度音程を固定して、この間の分割をトライトーン+長3度、完全4度+完全4度の2種類で行う。この2つの切り分けの仕方が、いずれも協和音程で行われているため、C音とC♯音は短2度でぶつかっているのだけれど、全体としては調和して聞こえる。
今は、この難解なハーモニーをこの様に解釈しています。
短2度音程ハーモニーの使い方
以上、4種類の短2度音程を使ったハーモニーを紹介してみました。
この短2度音程は、単独で鳴らすとうねうねとした響きになる不協和音です。しかし、この音程を内声部に挟み込んで、それぞれの音に対して協和音程の音を組み合わせると、全体としてとても特徴のあるハーモニーが生まれます。
これは、特に内声部に使う際に有効で、高音部で使ったり、低音部で使うと音が濁って聞こえます。注意が必要です。
僕は、この短2度音程のハーモニーを、料理の際のスパイスの様なものと考えています。胡椒や唐辛子の様な食材を、直接食べることはあまりありません。しかし、料理の中でこれらのスパイスを適当な使い方で加えると、その料理がとても個性的な風味豊かなものになる。その様な使い方です。
そんな意味を込めて、このタイトルをつけてみました。"劇辛ハーモニー"。
単独で鳴らすと、とんでもない不協和音だが、他の音との組み合わせの工夫で、とても効果的に使える"短2度音程"。その様な意味です。
最後に、それぞれのハーモニーでの短2度の使われ方を整理しておきます。
M7:7th/Root
m7 add9th:9th/m3
7th add9♭:Root/9♭
7th add9♯ 13♭:9♯/3rd
もし、他にも同じ様な短2度音程のハーモニーをご存知でしたら、是非教えて下さい。コンピングサウンドの引出しが増えます。