【台湾のジャズミュージシャン】ピアニスト(その一)
台湾のジャズライブをマガジンで紹介していますが、これからミュージシャンをテーマに紹介する記事を書きたいと思います。既に台湾で知り合っているジャズミュージシャンが200人を超えていますので、毎回楽器別に5人ずつ紹介していきます。
初回は、ピアニストです。
曾增譯:Mike Tseng
曾增譯は、現在台湾のジャズシーンで最も先頭を走っていると僕が考えているピアニストです。
曾增譯の演奏を初めて聞いたのは、2018年のJazz Spot Swingでのトリオでのオルガンの演奏でした。この時は、台湾にどの様なジャズミュージシャンがいるのかも全く知らず、サックスの楊曉恩、ドラムのChris Wabichとのトリオの演奏をいきなり聴いて、とても驚きました。一人一人の奏者のレベルがとても高い。オルガンは左手でベースの複雑なラインを弾きながら、同時に右手で変幻自在にアドリブを繰り広げる。ドラムは打楽器なのにメロディーが浮かび上がる、魔法の様なドラミングを叩き出す。サックスはこのリズムの2人に負けず劣らず、迫力あるフレーズを奏で、演奏を引っ張っていく。この素晴らしいトリオは何なんですかと、Jazz Spot Swingのオーナーの桑原さんに尋ねました。
桑原さんによると、彼らはこの店の常連さんなのだそうです。そのころは台湾のプレイヤーがSwingで演奏することはあまり多くなかったのですが、彼らはよく演奏しにきている。特にオルガンの曾增譯さんは、この店にハモンドオルガンがあるのがお気に入りなのだそうです。そして桑原さんは曾さんのことを「彼は天才です」と評していました。
曾增譯の演奏は、とてもたくさんのフォーマットで聴いています。聴くたびにフォーマットが異なり、スタイルも違う。ある演奏の後に、この事を曾增譯に聞いたことがあります。その時の彼の回答が奮っていた。「我是變色龍,配合合奏的夥伴,可以變成任何風格」(僕はカメレオン。共演者に合わせて。どんなスタイルでも演奏します。)
珍しいフォーマットにはこんな演奏がありました。
シンセサイザー(曾增譯)+ピアノ(許郁瑛)
ピアノ(曾增譯)+バイオリン(黃偉駿)
シンセサイザー(曾增譯)+ドラム(馬仕函)+サックス(蘇聖育、劉騰文)
他にもホーン3本のセクステット、ヴォーカルフィーチャーのカルテット、ピアノソロなど実に多彩なフォーマットでの演奏をしています。
曾增譯は、ベルギー王立音楽院でジャズを学んで来ています。2009年に学業を終えて台湾に戻ってきて以来、様々な音楽活動をしており、2013年の金音獎と2014年金曲獎と連続して台湾の音楽シーンで認められ、それ以降台湾のジャズシーンを牽引する代表的ピアニストとして活躍しています。
曾增譯は、輔仁大學の音楽学科でジャズの教授もしています。彼の指導の下にたくさんの若いピアニストが輩出しており、彼は教育の面でもとても才能を持っているのでしょう。
この曾增譯の活躍は、多くの日本人ミュージシャンも認めているところで、日本のジャズフェスティバルでも毎年のように出演しています。
アルバム《miXtage》より"Laisse Aller"。
曾增譯のFBホームページ
許郁瑛:Hsu Yuying
2019年、Sapphoに楊曉恩のカルテットを聴きに行った際、初めて許郁瑛のピアノを聴きました。演奏は、天才型とでも言うのでしょうか、さまざまなフレーズが閃いてくる、常套句としてのリックが繋がるのではなく、キラキラとした音が散りばめられている。そんなピアノの音が印象的でした。
それからしばらくして、許郁瑛が日本でライブに参加するというニュースがありました。ちょうど僕が日本に帰国するタイミングだったので、聴きに行ってみました。日本のサックス奏者岡崎正典のサポートを得て、合計5箇所ほどでのライブを行っていました。僕が聞きに行ったのは最後の赤坂Verelaでの、台湾のトランペット奏者魏廣皓とのトリオでした。
許郁瑛のピアノプレイは、既に日本人ミュージシャンの間でも有名になっていました。
2020年の7月には、許郁瑛が台湾の金馬獎の最優秀インストゥルメンタル賞を受賞したというニュースが入ってきました。メディアにも取り上げられている売れっ子だと言うことを知りました。
その他にもいろいろなライブを聴きに行きました。楊曉恩と組むことが多いですね。雅痞書店やブルーノートでの演奏を聴きました。
変わった演奏はピアノとシンセサイザーで行ったRhythm Alleyでのライブ。許瑜瑛はピアノとシンセサイザーのどちらも演奏していました。
最近では、林偉中と程杰とのトリオで取り組んだ"In The Cave"というプロジェクトがとても面白かったです。
アルバム《In the Cave》より"Songs from the Cave"
許郁瑛のFBホームページ
方斯由:Syo Fang
方斯由と知り合ったのは、彼が僕のFBのグループ"台湾ジャズ指南"に参加し、日本語でコメントをもらったのがきっかけです。彼はオランダで同じような音楽を通して交流を図る試みをしており、この活動にも賛同してもらったようです。
その方斯由の事を友人から説明してもらって、驚きました。彼はオランダでジャズと作曲を学び、ヨーロッパを活躍の場として選んでいるプロの作曲家/ピアニストでした。台湾には滅多に帰ってこない。帰ってくることがあれば、是非演奏を聴きにいくべきだと勧められました。
2020年1月、方斯由が台湾に戻ってくるという知らせが入りました。彼は高雄の出身でそちらをベースにして幾つかのライブを行うのですが、徐々に北上してくるとのこと。台北でも演奏があるというので聴きに行くことにしました。
場所は台北のMarsalis。驚いたことに、この場所でピアノソロで演奏するというのです。音楽にはうるさいMarsalisのオーナーが、ピアノソロの演奏をさせる。それだけで方斯由が高い評価を受けているということが分かります。
方斯由のソロピアノは、謙遜してラウンジのBGMのような音楽を目指したと言っていましたが、一音一音が研ぎ澄まされた、打鍵のタイミングと強弱を細心の注意を払って演奏するといった感じのものでした。演奏している姿に非常な集中力を感じます。クラシックの演奏からスタートして、ジャズの勉強を始めたと言っていたので、クラシックの繊細な演奏もできて、そういう演奏が可能なのでしょう。アドリブのフレーズも、ハーモニーの妙も最高に素晴らしい演奏でした。
友人3人と聴きに行って、挨拶をしていろいろ話を聞くこともできました。音楽をさらに深く勉強する環境としては、やはりヨーロッパの方が優れているので、そちらを活動のベースにしている。台湾は故郷なので、たまに帰ってきてこの国に対してできる何か教育的なのことをしたいと抱負を語っていました。実際に学校の音楽クラブに対してのレッスンなども行っているそうです。
その後2022年に絲竹空で行われた彼のオンラインレッスンに参加したことがあります。ピアノのハーモニーの作り方を丁寧に教えてくれ、実作の添削までしてもらいました。
2020年8月、夏の音楽フェスティバルに参加するために方斯由が台湾に戻ってきました。台北では、國家戲劇院で弦楽四重奏を加えたアレンジでの演奏を聴かせてくれました。弦楽器が加わると演奏が非常にゴージャスな感じになります。弦楽四重奏のためのオリジナル曲もあり、作曲家としての面目躍如というプログラムでした。
アルバム《孤獨國》より"Lonely Country"
方斯由のFBホームページ
葉政廷:Tim Yeh
葉政廷のピアノは、2019年4月Marsalisで行われたヴォーカル任書欣のカルテットで初めて聴きました。ドラム黃子瑜、ベース弧菌というメンバーは実力派のリズムセクションですが、この2人に負けず劣らず的確な演奏をしていたという印象です。華やかな中にも、非常に安定感のあるピアニストです。
Jazz Spot Swingでもトリオの演奏をよくやっています。この時のメンバーはベース許巽舜,ドラム林俊宏でした。マスターの桑原さんから"葉っぱ"さんのピアノはすごいとお墨付きをもらっていました。
Sapphoなどでジャムセッションのホストをやっているのもよく見かけます。このジャムセッションでの葉政廷を見てジャズピアノに憧れるようになったというピアニストも何人か知っています。台湾ジャズピアノ界の兄貴分という感じでしょうか。
感心したのは、このお兄さんはまだ学生のピブラフォン奏者、謝佳青の卒業演奏に客演奏者としてサポートしていたことです。台湾の若いジャズ奏者のため一肌脱ぐという心意気も持っているんですね。頼り甲斐のあるお兄さんです。
Suzanne Jen Quartetでの演奏、"Nuit Blanche"
葉政廷のFBホームページ
郭俊育:Kuo Chun-Yu
郭俊育のピアノはCelineのカルテットで初めて聴きました。彼女が共演を待望していたピアニストだと話していました。そう絶賛されるだけあって、とても繊細でメロディアスなフレーズを弾きます。
ヴォ―カル:Celine
ベース:石哲安
ドラム:林大包
サックス:廖莊廷
彼もベルギーへの留学組です。しかも彼の場合は、台湾で国立台北藝術大学でピアノを専攻しています。多くの台湾のジャズミュージシャンが、専攻を音楽以外として学んでいて、卒業してからジャズの道に進んでいるのに比べて、大学で音楽を学んでいるということは、もう子供のころから音楽の英才教育を受けているということです。こういう新しい世代のジャズプレイヤーが台湾に生まれていて、彼はその筆頭にいるピアニストだと思っています。
ビブラフォンの莊彥宇をリーダーとしたアンサンブルでも彼は活躍しています。元々ベルギー留学組のベース謝宗翰とのトリオ、川楽団として活動を始めましたが、その後サックス謝明諺、ドラム林偉中の2人を加え、畫像五重奏Portrait Quintetとしてパワーアップしています。
ここでは、莊彥宇がヨーロッパの新しいジャズナンバーを選曲していますね。このアンサンブルでの郭俊育もクラシックとジャズを股にかけるピアニストとしての本領発揮しています。
ビブラフォン:莊彥宇
ベース:謝宗翰
サックス:謝明諺
ドラム:林偉中
台中のジャズフェスティバルでは、ヴォーカルAmanda、トロンボーンMichael Wangとのコラボレーションも聞きました。ここでは、彼はファンキーなリズミックな演奏をしてトリオのバックを支えていました。クラシックなノリの演奏だけでなく、こんな風な激しい演奏もできるのだと新しい発見でした。
ヴォーカル:Amanda Chen
トロンボーン:Michael Wang
新しい世代のジャズピアニストのホープとして、いつも楽しく彼の演奏を聴いています。
蘇瑜涵とのデュオ演奏より、"Valedicere lll"
郭俊育のFBホームページ