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【台湾建築雑観】音に対する感覚

日本から台湾に来ると、生活する際の音に対する感覚の違いに気がつきます。これは、基本的に住宅地の環境が日本の様に住居専用地域となっていないことが大きいのだと考えています。台湾の多くの都市は商業地域であり住居地域である、商住混合の用途地域の中にあります。このために、日本の様な静謐な住居環境は、都会では望むべくもありません。

ここでは、台湾で感じる様々な騒音について書いてみます。

ライブハウスにて

2020年、ヴォーカリスト羅妍婷の新作発表ライブが"Legacy Mini"でありました。これは商業施設の中間階にあるライブハウスで、100人ほどのキャパシティーの中規模のものでした。座席は中間ほどの場所にとって、ゆったりとした椅子でヴォーカル+ストリングカルテット+ベース+ギターというフォーマットのジャズを楽しみました。隣にはステージ上のギタリストの奥さんが座っていました。(表紙の写真がそのライブです)

ところが、このライブの最中に天井からとんでもない音がしてくるのです。それは、上の階の排水管の音でした。4インチほどの排水管が上の階からコンクリートスラブを貫通して降りてきており、僕らの頭の上で90度曲がって横引きされていたのです。この大きさだと雑排水ではなく、汚水のものだったでしょう。
この雑音が間断なくしてくる状況にたまらなくなって、隣に座っている友達に話しかけました。これはないだろう。汚水配管がこんなところに走っていて何の処理もされていない。
しかし、その友達の意見はこうでした。こんなことはよくある。古い建物を改装しているのだから、仕方がない。アメリカでもよくある状況だ、というものでした。
その意見を聞いて、そんなものか?音楽を聴くスペースで排水の音がしても構わないのかと、とても驚いたものです。

僕は日本で音楽ホールとか、学校の音楽室などの設計に関わったこともあります。ですので、音響設計についてもある程度の知識と経験があります。外部からの騒音をシャットアウトする"遮音"、内部の音の反射をコントロールする"吸音"、そして室内の騒音源をコントロールする配慮についてそれぞれ検討しなくてはならないということを知っています。
このリノベーションされたライブハウスでは、そのいずれもが対応不十分であったと考えられます。想像するに、このライブハウスを設計するにあたっては、スペースを準備してステージを作り、音響機器を設置する。そこまでで設計は終わってしまっていたのではないでしょうか。

台湾ではたくさんのライブハウスを見ていますが、流石に排水管が頭の上に走っているということは他では見かけていませんが、ステージの背面を硬い材料で作るとか、天井や背面に吸音材を用いて音響をコントロールしているとかいう例を見たことがありません。クラシックの室内楽をする様なホールで、ようやくその様な配慮が見受けられると言った状況です。
コストを検討するより前に、恐らくそういう配慮が必要であるということに考えが及んでいないのでしょう。単に演奏できるハコがあり、音響設備が整っていればそれでよしと考えているのでしょう。

住宅の騒音

住宅の設計において、スケルトン・インフィルという考え方があります。これは、建築計画を行う際、躯体工事と内装工事を切り離し、住戸ユニットの設備計画を構造躯体の内部で行い、住戸の改装の際自らの区画内で完結させる考え方です。そのための必要条件として、浴室や厨房の排水をスラブ躯体の上で処理し、その部分では二重床を使います。
これは、日本では標準的な計画手法です。浴室はユニットバスを採用し、厨房とトイレについては二重床工法とし、スラブ上配管の設計とします。

スケルトン・インフィルのイメージ

しかし、台湾ではこのような設計はなされていません。一般的な設計手法としては、排水配管は床スラブを貫通し、下の階で横引き配管をしてP.S.に繋げます。そうなると上の階の排水音が下の階で聞こえることになります。これが上下全く同じプランであったならば、下の階も浴室或いはトイレなので、天井もあり居室でもないので比較的問題はありません。問題となるのは上下で異なったプランとなる場合です。
設計の都合上、或いは客先からの要望で、水廻りの計画が基準プランと異なってしまう場合があります。その際に、上階の配管が下階の居室に出てきてしまうことがあります。この配管をそのままにしておくと、上で紹介したライブハウスのようなことになってしまいます。
この様なことにならない様、客先による変更に制限をかけるなど業務スキームで工夫をしますが、少なからずこの様な問題が出てきます。

この様な騒音は、日本の共同住宅では工法上起こらないものなので、日本人はこれに慣れることができず、ひどい時は部屋を移る様なこともあります。

外壁の遮音性能

外部からの音に対する対策は、台湾の集合住宅はRC造が多いので基本的には大きな問題にはなりません。しかし、日本で気にする様なディテールは配慮されていません。例えば、排気フードから外部の音が入りにくい様に、消音仕様のものを使うとか、予備スリーブに詰め物をして処理しておくとかです。

サッシのガラスは、デフォルトで合わせガラスを使うので問題はありません。

生活環境性能

住宅中で用いる機器の騒音は、様々に気になることがあります。これは、箇条書きでリストアップします。

1. 空調機器室内機
台湾では日本でよく見る壁掛け型の空調室内機はあまり見かけず、天井内埋め込みのカセット式のものが多いです。しかし、この製品の騒音は比較的大きいですね。空調の性能面が考えられるのみで、静音性についてはそれほど考慮されない様子です。

2. 空調機器室外機
我が家のマンションは比較的古いタイプですので、空調室外機が窓のサッシのすぐ下に置いてあります。そうすると、窓脇に座ると結構な大きさで室外機の音がします。

3. 洗濯機
外部バルコニーのない小さな部屋については、洗濯機をキッチンの下に設けるということがよくあります。この様なスタイルの部屋では、基本オープンキッチンとなっているので、洗濯機を動かす音は部屋中で丸聞こえです。
充分な広さのユニットであれば、洗濯機はバルコニーに置くので、音の問題はありません。

4. 排水管
上に説明した様な状況で、上階の排水管の音が下の階で聞こえるというのが台湾の普通の家の状況です。程度問題ですが、トイレの中で上の階の排水音が聞こえるのは許容範囲でしょうが、厨房で或いは居室でこの音がしたらこれは問題です。天井を設けて遮音に配慮するなど処理されていなければ、耐え難いものになります。

生活騒音

台湾の住宅では、床にタイルとか石材という硬い材料を用いるのがデフォルトです。これは生活習慣と、湿度の高い気候のため、フローリングや畳、ベニヤを下地とする工法が敬遠されていることが理由です。そして、この床材をコンクリートスラブに直接施工することになると、躯体伝搬音がとても大きなものになります。

上の階で子供が暴れる様な床を踏み鳴らす音は、かなりな音量で下の階に伝わります。最近は台湾の家では、室内では靴を脱いでスリッパを履いて生活することが多いため、靴の足音はあまり発生しませんが、裸足でも騒ぎが大きくなるとその影響は直接的です。

政府の騒音対策

この様な音に関する様々な問題は、台湾では過去は特に問題となっていなかったのでしょうが、生活水準が高くなり、生活の際の静音性にも次第に配慮がなされる様になってきています。そのため、台湾の建物の建設に関わる所轄官庁である營建署では、2つの方面について対策を立て法制化を進めています。

一つは、躯体伝搬音を防ぐための遮音のスペックを定めることです。
これは、既に法制化され対策が必須になっています。床の遮音性能を定め、それ以上の性能を持つ様に要求しています。このための工法は政府の方でも複数サンプルを示していますが、目標とする遮音性能も数値化して示してあり、その性能が満たせればその他の工法でも採用可能となっています。
具体的な工法については説明は省略しますが、現段階では世界中にある各種工法を実験的に採用して其の効果を確認しているという様な状況と見られます。

具体的な規則は、下記のHPに紹介があります。

もう一つは、先に説明したスケルトン・インフィルを標準工法にするという通達です。これはまだ強制力のある規則にはなっていません。營建署からその方針が示され、今後法制化されるのを待つという段階です。

現段階では、台湾でこのスケルトン・インフィルの考えでどの様な工法を採用するべきか、業界の共通認識が得られていないという状況の様です。それは床の材料としてタイルや石が好まれるという台湾の住宅市場で、この配管を床スラブの上で処理する工法をどの様にしてリーズナブルなコストで実現するのか、最適な解がまだ見つけられていないのでしょう。水回りのスラブを全て床下げにして、その上に配管を行うことまでは問題ありませんが、其の上にどの様にしてタイルの床を張るのか、ユニットバス工法が台湾のマーケットで受け入れられていない中、浴室の床はコンクリートで配管を埋めてしまうのか。この様な課題にまだ明確な結論が得られていません。政府から明確なガイドラインが示されないと、ルールとして定めるのは難しいでしょう。

全体として見ると、台湾の建物における騒音の問題は、最近になってようやく問題として認識される様になっている。そして環境性能の一つとして、改善の方策が模索されている状態である。その様に考えています。

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