台湾有事
前回"朝鮮半島有事"の文章で書いた様に、軍事的な意味での危機は、台湾海峡よりも朝鮮半島の方が格段に高いと僕は考えています。それは、軍事的にも外交的にもです。
しかし、マスメディアで騒がれているのは専ら"台湾有事"ばかりです。僕は、これは何らかの政治的なバイアスがかかっているからであろうと考えています。今回はそのことについて書きます。
「台湾有事は日本有事」と言い始めたのは安倍晋三元首相と言われています。台湾の安全保障と日本のそれをリンクさせようという様な、この言葉の意図はどの辺にあるのでしょう?
台湾人の誤解を招いている発言
台湾では、安倍首相はとても人気があります。上記の様な意見を提示して、あたかも台湾が危険に晒されれば、日本が助けに来るかの様な錯覚を与えたからです。台湾の人は、日本の首相がこの様に言ってくれるのだから、日本との軍事的な共同戦線が成立するかの様に考えています。
しかし、日本の軍隊は自衛隊であり、日本の国土を守るためにしか動けないはずです。非軍事的な活動を通して後方支援をする。これが精一杯の活動です。
2023年、野嶋剛さんが台北に来て行った対談の際、台湾の人たちからは繰り返しこの質問が出されました。野嶋さんは正面から否定するわけにもいかず、とても微妙な回答をしていました。下記の投稿を参考にご覧ください。
「台湾有事は日本有事」という言葉は、台湾人に対して不必要な誤解を与えている。僕はそのように感じています。現時点では、中国からの脅威に対し、日本と台湾が共同で軍事行動を行うというのは非現実的です。
安倍元首相の意図
安倍首相の亡くなった後に、台北では産経新聞の主催で、写真展が開かれました。そこには、安倍首相が実際に台湾に足を運んでいる記事も複数あり、彼が台湾に対して並々ならぬ関心を持っていたことを示していました。
では、この様に台湾に対して関心を持っていた安倍首相は、何故「台湾有事は日本有事」という様な、台湾人に誤解を与える様な言葉を発したのでしょうか?
一般的には、これは中国の軍事活動の肥大化を非難して牽制する、その様な意図であると言われています。しかし「朝鮮半島有事」の文章で書いた様に、本当に軍事的危機があるのは、北朝鮮と韓国の間でしょう。しかし、「韓国有事は日本有事」という様な発言はされていません。少なくともメディアでは大きくは叫ばれていません。
僕はその様に見ているので、阿部首相の「台湾有事は日本有事」という発言は中国の軍事的威嚇があるからではなく、別の意図があるからだろうと考えています。軍事的な意図ではなく、政治的な意図です。
台湾海峡の危機については、僕は基本的に昔の経験と比較して、危険なことはないだろうと考えています。その理由は下記の投稿を参考にしてください。
アメリカの意図するところ
アジア太平洋の制海権を把握し、軍事的なリーダーシップをとっているのはアメリカです。日本の政治家も、台湾の政治家も、アメリカの意図に沿って政治の舵取りをしていかなくてはなりません。安倍元首相もアメリカの意図に沿ってこの発言をしていると考えられます。もしかすると、西太平洋の軍事的パートナーである日本に、殊更にこの様な発言をする様に仕向けたのではないかとさえ感じられます。少なくとも、安倍元首相が「台湾有事は日本有事」と発言をしたことを、アメリカは否定していません。これはアメリカの極東政策に則った発言であると理解できます。
アメリカは、鄧小平の開放政策以降、中華人民共和国を経済上の重要パートナーとして見てきました。しかし、次第に中国の経済力が増し、アメリカに次ぐ経済大国になってくると、中国が相応以上に軍事力をつけてくる様になりました。そして、現在ではアメリカは習近平体制の中国を仮想敵国とみなすまでに、政治的な態度を変えてしまっています。
この経済的なパートナーであることと、軍事的な敵対国であるという矛盾した国際関係は、最終的には軍事衝突にまで至り、Hot Warになるケースがままあります。
アメリカは、中国を仮想敵国とし、それがためにあらためて中華民国に対して友好的な態度を示す様になっています。これは、台湾側の民主主義の優等生になるという大方針と合わせて、今アメリカと台湾の間は蜜月状態にあると言っても過言ではありません。
アメリカは、ペロシ下院議長を派遣するに当たり、中国を牽制するために東シナ海に巡洋艦を送り、軍事的な協力体制を強化し、軍用機も台湾に購入させています。アメリカの政策は、台湾重視であることが明らかです。
東シナ海の制海権保持
アメリカにとっての台湾は、アジア太平洋の日本/韓国/フィリピン/東南アジア諸国を結ぶシーレーンの一角としてとても重要です。この日本の沖縄とフィリピンを結ぶラインとこの海域の制海権を、アメリカがそう易々と手放すわけがありません。アメリカは、朝鮮戦争の際に台湾を自国サイドに取り込むという判断をして以来、継続的に台湾に対し経済援助をし、軍事的協力も行い、常に民主主義陣営の一角としてきました。鄧小平以降の中国経済の勃興期こそ、外交/経済的には中国の方を向いていましたが、軍事的には、東シナ海/南シナ海は常にアメリカの制海権下にあります。台湾海峡での台湾と中国の小競り合いには静観の態度をとっていますが、いざという時には空母と機動部隊、そうでなくとも巡洋艦をこの海域に急行させます。中国はこれに対応する力を持っていないでしょう。
「看不見的屏障、決定台灣命運的第七艦隊」(High Seas Buffer)という本があります。アメリカが、台湾が中華人民共和国に占領されることを阻止した軍事的行動を歴史的に検証しています。具体的には、東シナ海の制海権を保持するための海軍戦力の派遣です。第七艦隊が、この海域を航行し中華人民共和国の軍事行動を牽制する。
この時に設けられた軍事的障壁は、1996年の総統直接選挙の際も有効であり、それは今もって変更されていないと考えられます。
将来の国交回復の布石
アメリカのこの台湾よりの政策は、将来どの様になるのでしょうか?アメリカは、以前は中国の面子を立てて、中国の台湾に対する主張、台湾は中国の一部であるという主張を否定してはいませんでした。今でも、この地雷はギリギリのところで踏まずにいます。
一方の台湾は、現状維持、中国と台湾は2つの異なった政治実態である、という発言に留まっています。新しく就任した賴清德総統も、この基本方針を踏襲しています。
しかし、このことはこの政策が未来永劫続くということではないでしょう。僕はどこかの時点で、アメリカは、中華民国を国際的に一つの独立国として認める時が来るのであろうと考えています。中華民国は、実質上既に一つの国家としての実態を持ち、非公式ながらもアメリカとの外交関係を結んでいる。そして、アメリカの政治的価値観を共有している民主主義の国家として、正式に迎える時が来るでしょう。今でこそ、中華民国を国際組織に迎え入れようという運動は、中華人民共和国の牽制により実現していません。しかし、この様な政治判断は、物理的な問題ではなくあくまでも政治的な問題なので、心の持ちようひとつで変えることができます。今は、そのための地ならしの時なのだと思います。諸々の状況が許されれば、アメリカは中華民国との国交を回復する可能性があります。
そして、中華民国とアメリカが正式な国交を回復するということは、アメリカが一方的に台湾関係法という国内法で中華民国のことに関与するという、イレギュラーな関わり方ではなく、独立した国と国同士の安全保障に関する取り決めを結ぶという風に進むのでしょう。
太平洋において、アメリカと中華民国の同盟が結ばれれば、日本もその枠組みの中に参加することになるでしょう。
現在では、東アジアにおける軍事同盟は、アメリカをハブとして、対日本、対大韓民国、対中華民国と個別に結ばれています。これを安倍首相は、アジア太平洋を一体的に結んだ同盟関係を作ることで、新たな国際的なリーダーシップを取ろうとしていました。そして、その中に中華民国も加えようと考えていたのではないでしょうか。そして、そのような考え方は、基本的にアメリカの容認するものであったのでしょう。
いざ、中華民国が国際社会で国として認められた時に、日本と台湾が運命共同体で、同盟を結ぶに相応しい国同士である。その様な意識づけをするためのスローガンとして、「台湾有事は日本有事」という発言があったのではないか。僕は、そのように考えています。遠く将来を見据えた"布石"ということですね。
"朝鮮半島有事"が叫ばれないわけ
一方で、"朝鮮半島有事"と発言することには、外交的なリスクが伴います。韓国の日本に対する感情はとても悪く、日本の軍隊が再度朝鮮半島に乗り込むことは絶対に許さない。そんな勢いです。
ですので、朝鮮半島有事から、韓国との軍事協力に至るなどというストーリーは今のところ全く描けません。仮に、朝鮮半島有事と声明を出すことがあったとして、その先どうするのかを考えると、そこで韓国のメディアから猛反発をくらってそれで終わりになってしまうでしょう。
そう考えると、朝鮮半島有事を叫ぶ政治的メリットは何もなく、かえって韓国の国民感情を逆撫でしてしまうことになりそうです。
しかし、実際に朝鮮半島で争いが起こるとどうなるのでしょう。韓国はそれでも日本の援助を拒むのでしょうか?とても心配ですし、歴史の歯車がどう転がって行くのか、皆目見当がつきません。
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