【台湾建築雑観】台湾の不動産会社の不思議なチェック項目
去年の10月から、新しく日本人スタッフが台北に着任することになり、業務スタートの2週間前に、視察と今後2年間住むことになる部屋を決めるためにやってきました。
通常、我が社では新しく駐在を始めるスタッフに部屋を紹介するにあたり、台北の日系不動産斡旋業者から物件を紹介してもらっています。僕がふるいにかけて選別した6軒から8軒ほどの部屋を、新しく来るスタッフに見てもらい、そこから1軒選んでもらっています。
このような部屋の紹介は、これで3回目になります。勝手は知っていたつもりでしたが、今回不動産業者が部屋を紹介する際に、これまではなかったチェック項目を特に説明していました。
その内容が、日本では思い及ばないもので、台湾の建築工事品質の一面を表していると考えたので、ここで紹介してみます。
台北の部屋の内覧
新人スタッフは水曜から金曜までの視察を終えて、翌土曜日の午前中で、8つの物件を見ることになりました。不動産屋さんの車がホテルまで迎えにきてくれて、僕も付き添いで乗りました。不動産屋のスタッフは台湾人1名と日本人1名です。
1軒あたりの所要時間は30分程度。移動に10分、内覧に20分くらいです。9時スタートで午後1時くらいまでかかりました。
部屋のある街の環境は、車の中で僕が概要を説明。車を降りると、建物のエントランスで管理人が大家から預かっている鍵を受け取り中に入ります。
玄関に入ってから、リビング、バルコニー、個室、バスルームと一通り見て、キッチンに入った時のことです。不動産屋の日本人スタッフが、キッチンの換気扇の上を開けてこう言ったのです。
「ご覧のように、換気扇のダクトはきちんと施工されています。問題ありません。」
この発言を聞いた時に、それはそうだろう、換気扇にダクトがついてるのは当然のことだと思ったのですが、1日ほど経って、この発言の背景にある問題に思い至って、なるほどと合点がいきました。
恐らく、台湾ではキッチンに換気扇が付いてはいるが、換気扇にダクトがついていないというトラブルが多発しているのでしょう。それがために、不動産屋は、ここはそんな問題のない部屋ですよということを、わざわざアピールしていたのだと思います。
換気扇が機能していなかった実例(その一)
日本ではあまり想像できないこのようなトラブルに、僕は実際に出くわしたことがあります。
20年ほど前、丹下事務所から台湾に派遣され、設計監理の仕事をするために台北に部屋を借りて住んでいた時のことです。この時は、日系の不動産会社を通さず、会社の近くの民生社區に住もうとターゲットを決め、その地域の不動産屋さんに直接当たって部屋を探しました。
その時借りた部屋は、ワンルームでキッチンはなし、バスとトイレは一体型のものがあるという、小さくて質素なものでした。
その部屋で暮らし始めてしばらくして、どうも部屋の中が湿っぽい、何かがおかしいと感じ、浴室の天井を開けて換気扇がどうなっているか確かめたのです。そうしたところ、換気扇の上には何もありませんでした。換気扇から外壁の排気口までのダクトは施工されていなかったのです。そもそも排気口そのものがありませんでした。従って、浴室から排気した湿った空気は、単に浴室の天井裏に送られているだけだと分かりました。そしてその空気が、部屋うちに流れ込み、室内を湿った空気でいっぱいにしていたわけです。
これはかなわんと、不動産屋さんに連絡して修繕をしてもらうようにお願いしましたが、なしの礫でした。ダクトをつけると言っても簡単な工事ではありません。壁にスリーブを開け、外壁面にダクトカバーを取り付けてダクトを接続、そしてそれを浴室の換気扇につながないといけないのです。結局そのような対応はしてもらえませんでした。
今回の不動産屋さんの発言の裏には、この時と同じような苦い経験がいくつもあったのでしょう。そして、彼らは日本人顧客に物件を紹介する際には、厨房の換気扇がキチンとダクトに繋がれており、外部に排気されていることを確認して、それを顧客に説明している。そういうことに違いありません。
換気扇が機能していなかった実例(その二)
2つ目の事例は、我々の行った工事で実際に起こったことです。
高層マンションの工事が終盤にかかり、各住戸ユニットの最終検査をしている時でした。ある住戸で、換気扇のフレキシブルダクトが施工不良になっていると報告が上がりました。
現地に行って状況を確認してみると、最上階の特殊な平面の住戸において、天井の位置と梁のコンクリートの間が10cmほどしか隙間が空いていないことになっており、そこにフレキシブルダクトを無理やり押しつぶして配管していたのです。そのためダクトは物理的には接続されているのですが、断面が扁平になってしまって用をなさなくなっていました。
至急検討をして、厨房の天井高さを一部低くして、ダクトがキチンとした断面で外壁まで繋がるよう手直ししました。
この場合、施主が天井裏の状況を全て確認するというステップを踏んだために、このダクトの物理的な異常を発見できたわけです。施工者はこれを見逃していました。
何故このようなことが起きるのか?
僕は建築の設計から施工まで、一通りの工程を知っているので、このような問題が台湾で何故起きるのか、そのことが想像できます。それを順を追って説明してみます。
1. 設備設計の段階
まず、設計段階でこの換気扇がキチンと設計されていないということが考えられます。台湾では、建築設計に比べて設備設計の内容はとても軽く見られており、設備設計者任せになっていることが良くあります。台湾の設計業務期間はとても短く、それも建築設計に多くの時間を割かれ、設備設計には充分な時間をかけられない場合も少なくありません。
さらに、そのように急ごしらえで作られた設計図書を、建築師がノーチェックで施主に渡し、施主側も確認しないまま発注図書としてしまった。そのようなことが考えられます。
設計段階に換気扇のダクト工事が漏れていて、それに誰も気が付かなかったと言うわけです。
日本のディベロッパーが、大規模な共同住宅を設計する場合には、さまざまな段階でチェックがかかります。
まず設備設計事務所自体が、作図する部門とそれを確認する部門に分かれチェックが行われます。次に、意匠設計者も設備設計図書に目を通します。そして、ディベロッパー側にも図面チェックの能力がありますので、この様な基本的な設備設計の漏れが起こるということ自体、日本ではあまり考えられません。
2. 設備下請け業者の施工段階
台湾の施工業者は、設計図通りに施工するということを、これまでにも何回か書いています。ですので、不備な設計図書が示された場合でも、彼らはそのまま施工してしまうことが、ままあります。厨房の換気扇がそれだけ描かれており、外壁につながるダクトが図示されていないという場合、業者はそのまま施工してしまう可能性があるわけです。自尊心と良心のある施工者が台湾にもたくさんいるとは思います。しかし、そのどちらもが欠けている施工者も少なくない。そんな場合、彼らは図面の通りに施工してしまいます。そして、責任を果たしたとして工事を終わりにしてしまいます。
これと同じことが日本で起こった場合、どうなるでしょうか?日本の下請け業者は、図面の通りに施工すると設備性能上問題があると考えれば、ゼネコンの設備担当に相談するでしょう。そして、何らかの対応策を講じて、キチンと性能が確保できる様検討するでしょう。ゼネコンの設備担当は工事監理者宛にその報告をし、施主と監理者の同意を得た上で、設計変更を行い工事を進めることになるでしょう。
3. ゼネコンのチェック段階
台湾でも、一応建築工事の3段階の検査ということがうたわれていて、ゼネコンの検査もその一翼を担っています。しかし、台湾のゼネコンの検査というのは掛け声に終わっている場合が少なくない。下請けの工事が終わったら、それをそのままノーチェックで施主に見せるという場合があります。
この、換気扇の問題の場合も、ゼネコンのチェック機能が働いていなかったのでしょう。そして、下請け業者の施工を何のチェックもせずに済ませてしまっている。その様に想像できます。
日本の場合、ゼネコンの検査は全数検査です。設備に関する全ての機能を逐一検査する。このゼネコンによる検査が、日本の建築工事の品質を担保しているものだと、僕は理解しています。キーマンは彼らです。
仮に下請け業者がいい加減で、ダクトを繋がずにそのままにしておいたとしても、ゼネコンによる二次検査、全数検査で見落とされるはずがありません。彼らは、その責任を負って仕事を請け負い、高額な工事費用を受け取っているのです。
4. 工事監理者によるチェック段階
台湾では、民間の建築工事における建築師の関与は限定的です。法定監理項目というのがあって、構造や墨出し等の、行政に報告する義務のある業務に関してのみ、建築師のチェックが行われます。換気扇の設置などは、その様な報告義務を課せられていないため、建築師によるチェックは行われません。
日本の工事監理者であれば、この様なミスががあった場合、発見できるでしょうか?日本の建築工事監理というのは、全数検査ではなく、抜取り検査で行う様になっているので、見逃す可能性はあると思います。
5. ディベロッパーによる検査の段階
台湾のディベロッパーに、この様な不具合を発見する能力があるでしょうか。僕は、これは充分にあると考えています。台湾にも、工事の品質管理を積極的に真摯に行っているディベロッパーは、少なからずあります。ただし、そうでないディベロッパーもある。中小のディベロッパーで、品質管理にそれほどのマンパワーをかけていない会社もあるでしょう。そして、その様なディベロッパーの場合、この問題を見落とす可能性は残ります。
日本のディベロッパーの場合、基本的に全数検査をやるでしょう。各部屋を検査するチェックリストがあり、一つ一つチェックしていきます。換気扇の動作などは設備関係のチェックの基礎的な内容として盛り込まれており、この段階でも変なことになっていれば、それは発見されて修繕されるでしょう。
各段階での検査が不十分なために起こる事態
台湾でも日本でも、上記の様な段階を経て住宅は顧客に引き渡されます。まとめると次の様です。
1. 設備技師による設計
2. 下請け設備業者による施工
3. ゼネコンによる検査
4. 工事監理者による検査
5. ディベロッパーによる検査
台湾で、換気扇にダクトが繋がれていなかったという事態は、これら全ての段階でこの問題が見落とされていたということを示しています。設備設計者が描き忘れた。下請け業者は、それを知ってか知らずか、そのまま施工して黙っていた。ゼネコン、工事監理者、ディベロッパーは、いずれも検査の際にそれを発見できなかった。そして、エンドユーザーがこの不具合を発見して問題が露呈した。
日本では、この様な設計時の不備があった場合にどうなるかと考えると、恐らくゼネコンが施工図を作成する段階で発見するでしょう。しかし、台湾では、実施設計図書に該当する設計図は"施工図"と呼ばれ、そのまま施工されることがままあります。そのため設計時の不備が、ノーチェックで施工されてしまう恐れがあります。
不動産屋の一つの発言から、台湾の建築工事の実情ではこんなことがありうるのだということを、敷衍して考えてみました。
我々は、台湾ではこの様なことが起こりうると肝に銘じて、あらゆる段階で不備が起こっていないか確認していく必要があります。日本の様に、施工業者に任せて彼らの自主検査を確認すればよいという風にはならないのです。