【台湾建築雑観】剪力牆/耐力壁
台湾のRC建築を設計していてどうにも腑に落ちないことがあります。それは耐力壁というものが存在しないということです。これは今は沢山の構造設計者と会って話を聞く機会があったので、台湾にもこの概念があって検討されていることが分かっています。
今回は、この課題について考えたことを記しておきます。
列柱をデザインする
考察を始めるきっかけとして、二つの列柱をデザインした建物を取り上げます。一つは台湾の姚仁喜が設計した法鼓山農禪寺。もう一つは日本の谷口吉生が設計した国立博物館法隆宝物館です。
この二つの建物の柱の表現は、そもそも設計思想が違うので良し悪しは評価できませんが、デザインとして形に現れた柱の様子は全く異なります。
建物は、どちらも同じ低層の規模です。機能は宗教施設と博物館、どちらも大きなスペースを使って開放的に空間作りをする建物です。
では、何故このように柱の大きさが異なるのでしょうか?
国立博物館法隆寺宝物館
法隆寺宝物館は、構造が鉄骨造になっており、耐震性能を持つ壁面部分はこの正面にはなく、奥の展示室や外壁面に計画されています。そのため、正面のエントランス部分の柱は、地震力に対応する必要はなく、軸力(垂直に働く力)のみを受けもてばよい計画になっており、かつ庇が軽い鉄骨造を選択していることから、柱は極限にまで細くなっています。
法鼓山農禪寺
一方、農禪寺は鉄筋コンクリート造になっており、この巨大な空間を耐震壁を用いず、この柱で支える計画としています。さらに屋根の構造も鉄筋コンクリート造のため、とても重くなっています。
この建物の内部空間はこの様になっています。壁面には鉄骨の支柱があるとはいえ、それは耐震構造にはなっていません。
これら諸々の理由で、柱の表現が天と地ほどに異なっています。ただしこれはデザインの方向性が違うということなので、良し悪しは問いません。姚建築師はきっとギリシャの古代神殿の様なデザインを意図しているのでしょうし、台湾の人も比較的どっしりとした造りを好むところがあります。
しかし、構造的に耐震壁といった要素を考えるか否かで、柱に加わる力が異なるということが分かってもらえると思います。
日本における耐力壁の設計
日本における構造設計の主流は、上記の法隆寺宝物館の様に、地震力は耐震壁に受け持たせ、それ以外の柱では負担しないという考え方に基づいています。そのため、タワーマンションなどの設計でもエレベーターや階段まわりに耐震壁を設け、それ以外の外周部は、軸力のみを受け持たせる柱とする計画になっています。
さらに、そのように計画する耐震壁以外は、雑壁:構造的に耐震性能を受け持たせない壁として計画し、柱や梁とは一面でしか取り付かないようにし、その他の面では耐震スリットを設けて、縁を切るという設計をしています。
このような計画をするので、設計の際には耐震壁とその他の壁を明確に区別しています。これは構造設計図書に明記され、耐力壁はEW、一般のRC壁はWとして区別されています。
このように、計画上も設計図上も明確に耐力壁とその他の壁が区別して計画されるというのが、日本におけるRCの構造設計の常識です。
台湾の高層建物の設計
しかし、台湾ではこのような耐震壁とその他の壁という区分けがなされていないのが普通です。4年前に台湾に来て、ホテルを2棟、住宅を7棟担当していますが、鉄骨造の住宅1棟を除いて、耐震要素を明確にしている設計図を見たことがありません。
そして、このことを台湾の構造技師に質問しても要領を得ない回答しか得られません。これは全て耐震壁です、そして厚さは15cmですと回答が来ます。日本で耐震壁と呼ばれるものは厚さは30cm程もあり、明らかに一般のRC壁とは異なるものです。
また、日本では耐震壁ではない一般壁は、構造スリットを設けて縁を切るように設計しますが、そのようなものは一切ありません。
従って日本人技術者から見ると、台湾の鉄筋コンクリートの設計は、耐震壁とその他の壁を区別していない、日本の昔のRC構造設計レベルと同じ状態であると考えられます。
日本でRC一般壁の縁を切る理由
日本で、耐震壁と一般壁を区別し、耐震壁は柱梁と連結し、一般壁は一面しか柱梁と繋がないという設計は、地震の際に一般壁に亀裂が入るという問題を根本的に解決するための対応策です。RC造の開口部を持ったような壁は、地震が来ると開口部のコーナーなどに亀裂が入りやすくなります。それが、一面しか柱梁に接続しておらず、他の面が構造スリットになっていると、亀裂は発生せず、スリットに設けられているシールが伸縮することで構造体の変形を吸収してしまいます。
開口部があるようなRCの壁は、どうしても亀裂が入りやすい状態になるため、それを工法的に予防しているわけです。
外装壁面をRC以外の材料とする
もう一つタワーマンションなどで用いられる工法は、外周部まわりにはそもそもRCの壁を用いない、カーテンウォールや整形セメント板、ALCなどの材料で、そもそも構造体の外に取り付ける別の材料として計画することです。この工法は鉄骨造では必然的に用いられている工法ですので、それをRCの建物にも採用しているわけです。
このような考え方のマンションは日本ではよく見かけますが、台湾では鉄骨造の場合を除いてはあまり普及していないようです。
剪力牆を売りにしていた構造設計者
このように台湾の実務を経験してきて、台湾では耐震壁のあるRC構造の認識がないんだと考えていたのですが、あるプロジェクトの構造設計者が自分達の設計上の特徴として耐力壁(剪力牆)を採用していると言い出したのです。彼らは政府の地震対策部門と密接に関連を持っており、台湾の免震構造の実績を豊富に持っている。日本のゼネコンとも協力しており、耐震壁を用いた設計に実績があると言うのです。
ようやく日本と同じ感覚で話のできる構造設計者と出会ったと喜んでいたのですが、最終的にこのプロジェクトで計画された構造には耐震壁はありませんでした。構造設計者の説明では建物が高層でなく、基準階の面積も小さいので、耐震壁は必要ないと判断したということでした。
一方、これは計画を担当する建築師側に、このような耐力壁に対する理解がないことも理由だと思っています。計画の段階でそのような配慮をせず設計を進めてギチギチに平面を詰めた上で、後から耐力壁をと言っても、それを加えることはなかなかできません。計画の初期段階で構造技師とこの件について合意をしていないと、後から加えられるものでもないのです。
この構造技師は、高層建物の風荷重に対する変形を抑えるために耐力壁を用いる計画をしたと言っていました。そのような技術的なクライテリアがあった場合に、どうしても必要な解決策として耐力壁が用いられるのでしょう。日本のように、そのような設計手法がデフォルトになっているわけではないようです
構造審査会での議論
また、あるプロジェクトで行政による構造審査会をヒアリングする機会がありました。その時に、審査委員の人たちがこの耐震壁の設置について議論を始めたのです。
そのプロジェクトには耐震壁は計画されていませんでした。それである審査委員が耐力壁を用いて検討すべきではないかという投げかけを始めたのです。そうしたところ、他の委員から耐力壁は計画内容によってはコストパフォーマンスが悪い。必ず採用すべきものでもない、というような意見が発せられました。鉄筋の仕口の難易度が上がるとか、柱の寸法を小さくすることができるとか、いろいろな議論を始めました。最終的に、このような議論の結果、議事録にどのような記載になっているのかまではフォローできていませんが、ああこの課題は台湾の構造設計の業界では結論の出ていないものなのだと驚きました。
日本では耐震壁の有効性は自明の理で、ほぼ全ての建築技術者に共有されている認識ですが、台湾の建築界では必ずしもそうではない。それも、構造審査をする先生方の認識でさえそうなのだということです。
台湾の建築界が、建築意匠設計者、構造設計者、構造審査をする先生方が共にそのような認識であったら、外国の一建築士があれこれ言っても始まりません。台湾の建築界を相手にしてこのようなことを議論するのは、ディベロッパーの実務としては必要のないことです。
施工的には構造スリットをつけられない
設計と構造審査の面でそのようになっていると、台湾の建設技術では、構造スリットを手配して施工することもできません。このようなことは、法規的な知識が共有され、マーケットにそれに相応しい製品が出回って、なおかつそれに習熟したメーカーと職人が揃っていないと施工できません。台湾にはそのようなメーカーも製品も、従って職人もいない状態です。従って、構造スリットを使った設計を実現するには、日本から製品を持ってきて、日本の技術者に施工の仕方を教えてもらい実行する。そのようにしなければなりません。そして、そのように施工しても台湾では多くの人がこのことを認識していないので、評価もされないという自己満足のようなことになってしまいます。
この事は、仮に日系のゼネコンでも事情は同じです。概念がわかっていて、そのことを理解している日本人技術者がいても、台湾に製品がなく、職人もいないという状況には変わりがありません。
今後の経過は?
この問題が、今後台湾でどのように処理されていくのか、その様子を見守っていきたいと考えています。先に述べた構造審査会でも、耐力壁に関するシンポジウムを近々開くというようなことを言っていましたので、建築構造の学会でもこの課題はホットなイシューの一つなのだと想像しています。
耐震壁による設計は合理性を持っていて、地震力を受け持つ部分を限定的に設定することができます。しかし、それを前提に考えると平面にフレキシビリティーがなくなります。それを嫌ってこの考え方が一般化するのに抵抗があるのではないかと想像しています。
壊れたら直せばよいと考えて、根本からの対策を取ることにはあまり積極的ではない国民性から、耐震壁の考え方の普及が日本と同じような経過を辿るとは思えません。時計の針がどちらに振れるのか、それは日本と台湾の国民性の違いを計る一つのバロメーターであるように思います。