見出し画像

緑膿菌の低酸素呼吸

緑膿菌と近縁のPseudomonas属細菌の多くは好気性ですが、緑膿菌は酸素がない環境(嫌気条件)や、酸素濃度が低い環境(微好気条件)でも生育する能力があります。緑膿菌の感染病巣は酸素濃度が低いため、嫌気条件や微好気条件での生存能力が、緑膿菌の感染力や病原性に関係していると考えられています(1)。緑膿菌がコンタクトレンズや爪の裏といった酸素濃度が低い環境で繁殖しやすいことも、この能力が関係していると思われます。
緑膿菌は嫌気条件では、酸素の代わりに硝酸を用いる嫌気呼吸である「脱窒」や、アルギニンの発酵的代謝で生育します。脱窒については別の機会に詳細に解説したいと思います。

■ 好気呼吸と微好気呼吸
ヒトを含めた高等動物は、酸素を用いる呼吸(好気呼吸)によって生育に必要なエネルギー(ATP)を生産しています。好気呼吸において、酸素から水への還元反応を触媒する酵素は末端酸化酵素と呼ばれています。細菌の多くも好気呼吸で生育しますが、中には高等動物が生育できないような低い酸素濃度環境でも酸素を用いた呼吸(微好気呼吸)で生育することができる細菌が存在します。これらの細菌では、高等動物などのミトコンドリアで酸素を還元する末端酸化酵素(複合体Ⅳ)とはタイプの異なる、酸素に対する親和性が高い(=低酸素濃度でも反応する)高親和性の末端酸化酵素を、低酸素環境での生育に利用しています。
高親和性の末端酸化酵素としては、大腸菌などが持つbd型キノール酸化酵素や、根粒菌やピロリ菌などが持つcbb3型シトクロムc酸化酵素が知られています。

■ 微好気呼吸と呼吸防御
酸素高親和性の末端酸化酵素は、低酸素環境でのエネルギー(ATP)生産以外の役割も持っています。例えば、bd型キノール酸化酵素は、非共生の窒素固定細菌Azotobacter vinelandiiにおいて、酸素に弱いニトロゲナーゼ(空気中の窒素をアンモニアに還元する酵素)の保護に必要であることや、大腸菌において活性酸素(ROS)を発生させるような薬剤に対する耐性化に関わっていることが知られています。これは、高親和性の末端酸化酵素が微量の酸素を消費することで、細胞内外の酸素濃度が低く保たれたり、活性酸素(ROS)の発生が抑えられたりするためです。高親和性の末端酸化酵素の持つこのような役割を呼吸防御と言います。

■ 緑膿菌は16種類のcbb3型シトクロムc酸化酵素を生産する
緑膿菌は低親和性の末端酸化酵素を3種類(aa3, bo3, CIO)持っていますが、これらは特定の条件で特異的に発現し、多くの細菌では低酸素環境特異的に発現する高親和性のcbb3型シトクロムc酸化酵素が、高酸素環境でも主要な呼吸酵素として働くという特徴があります(2,3)。
タイトル図に示したように、緑膿菌のゲノムにはcbb3型シトクロムc酸化酵素のサブユニットをコードする遺伝子が複数存在し、これらの組み合わせにより、16種類の性質の異なるcbb3型シトクロムc酸化酵素のアイソフォームを生産することができます。これらの中には、シアン化物イオンや亜硝酸イオンに耐性の高いものがあります。緑膿菌は生育環境に応じてこれらを使い分けることで、呼吸防御により高いストレス耐性を獲得しており、この特徴が緑膿菌の感染力や病原性に寄与していると考えられます(4)。
cbb3型シトクロムc酸化酵素は細菌に特有の酵素で、緑膿菌だけでなく、ピロリ菌などの病原菌でも低酸素環境の胃腸内での生育に必要とされることから、感染症治療のターゲットとして期待されます。

■ 参考文献
(1) Regulation and function of versatile aerobic and anaerobic respiratory metabolism in Pseudomonas aeruginosa
Hiroyuki Arai
Front. Microbio. 2:103 (2011)
doi: 10.3389/fmicb.2011.00103

(2) Enzymatic characterization and in-vivo function of five terminal oxidases in Pseudomonas aeruginosa
Hiroyuki Arai, Takuro Kawakami, Tatsuya Osamura, Takehiro Hirai, Yoshiaki Sakai, and Masaharu Ishii
J Bacteriol., 196 (24), 4206-4215 (2014)
doi: 10.1128/JB.02176-14

(3) Specific expression and function of the A-type cytochrome c oxidase under starvation conditions in Pseudomonas aeruginosa
Tatsuya Osamura, Takuro Kawakami, Reiko Kido, Masaharu Ishii, and Hiroyuki Arai
PLoS ONE, 112(5): e0177957 (2017)
doi: 10.1371/journal.pone.0177957

(4) Expression of multiple cbb3 cytochrome c oxidase isoforms by combinations of multiple isosubunits in Pseudomonas aeruginosa
Takehiro Hirai, Tatsuya Osamura, Masaharu Ishii, and Hiroyuki Arai
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113 (45), 12815-12819 (2016)
doi/10.1073/pnas.1613308113
東大のプレスリリースはこちら
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2016/20161222.html

いいなと思ったら応援しよう!