実験文章「同じモチーフを違う世界観で書く」【レトロSF】

私は文字を打って金をもらっていたが、「クリエイターではない」と自認している。
「すべての物語は焼き直しであり、違うモチーフに置き換えることが可能」と標榜しているからである。
この記事を書く理由になったのは、私が過去に書いて随時更新している「【随時更新】私の雑想に影響を与えた名曲の数々(そして、私の雑感)」に譲るが、そこで「文頭のようなこと」を書いてしまったので、サラッと書いてみようと思った次第。
お題は、過去に書いた日記から転載したものです。
「ファンタジー世界」が一番書きやすいと思うが、敢えて難しそうな今風(サイバーな電脳世界)じゃない「レトロSFの世界」で書いてみよう。

数ある宇宙放射線病の中で、もっとも厄介な症状であるとされてきた「ハースキントン症候群」――。
この話を聞いている皆さんならば、現在においてはアストロノーツギアの急速な進歩により「宇宙放射線病」は前時代的な病気であることは周知のことだろう。
だが――。
実際のところを言えば「ハースキントン症候群」は、「宇宙放射線病の一種」ではなく、あくまで副次的に起こる「症状」である。
たしかに。
「宇宙医学」は格段に進歩している。
恒星間移動の際に起こる心的ストレスをケアするために常駐していた「カウンセリングアクター」は、薬学の進歩により見かけることはなくなった。
船外作業を行なう技師が見当識を失わない為の「デコイ(疑似)グラビティ」技術も、日進月歩の進化を続けている。
六〇〇年前に、人類が初めて有人宇宙飛行を実現して以来――。
そして恒星間移動を可能にしてからというものの、世界各国が宇宙に存在する未知の資源をこぞって探す争奪戦。
それすらも過去になり、今の平和な世界の中では「二度と繰り返してはいけない歴史」として扱われている。
人類の選択は、「技術革新」と「テラフォーミング可能な惑星の発見」へとシフトしていった。
そして、「誰もが飢えず、技術は加速度的に進歩して人類間の争いがない」現在がある。
――果たして。
「人類の進化」は「技術の進化」に追いついているのだろうか?
そこまで考え。クリスは無造作に煙草を灰皿にグリグリと押し付け消火し、髪が乱れた頭を掻きながらコンピューターの電源を切った。

いつもの病室、変わらない景色。
ずっと外を見ていたメリルが、私に声をかけた。
「ねえ、クリス。今日は、少し気分がいいんだよ。外が見たいなあ」
メリルが病室から出たいなんて、何ヶ月ぶりだ? 少し、嬉しくなった。
「そうだね。じゃあ、先生に話してくるよ。メリルは、服だけでも着替えておいて?」

病室を出ると、主治医のスペースへ向かった。
私に気付いた、メリルの主治医であるミスタ・トンプソンは椅子ごと「くるり」と回り、私と対峙した。
「メリルの病状は、どうなんですか?」
白いヒゲを蓄えた老医師は、私に椅子を勧めてから難しい表情を浮かべた。
「変わらないねえ。典型的な『ハースキントン症候群』の症状なんじゃが、君たちは宇宙放射線を浴びたことがない。それに、五十年も前に特効薬が開発されているから投与してみたが、回復の兆しがない」
そうだ。
二人とも生まれた時から、この惑星キレンドルから外(宇宙)に出たことがない。
「宇宙放射線」自体を浴びて居ない筈なのだ。
でも、メリルは発症した。
多少、いや多分にガッカリしつつ、トンプソン氏にメリルの外出許可を願い出た。
「構わないよ。でも、君なら大丈夫だろうが、メリル君の病状に障らない程度にね」

スペースを後にして、メリルの病室に向かった。
許可を受けて先回りしていた第八世代AIを搭載した自動制御車いすに、メリルは座っていた。
「クリス遅いよ! 先に行こうかと思ったよ」
本当に、今日のメリルは調子がいいようだ。ひとしきり詫びた後に、連れ添うようにメリルと病院の庭に出た。

庭には色とりどりの草花が満ちている。
それぞれが色彩学を基礎とした「キャロルメディカル理論」に基づいた配置で、毒性のある草花は無いそうだ。
患者の心を癒す効果があるらしいが、綺麗に手入れされた花壇にしか見えないし、そういう物だとも思う。
メリルはと言えば、「暖かくなってきて嬉しいな。もう少し遠くでも、今日は大丈夫そう」と嬉しそうにしている。
「そうだね。じゃあ、隣の病棟まで行こうか?」
こうしているとメリルが元気だった頃を思い出し、少し嬉しい気分になり、そう答えた。
それが間違いの元だった、とは気付けずに――。

隣の病棟は、歩いて五分もしないところにある。
笑っているメリルを見守りながら、その病棟が何科であるかについて思いを巡らせてみる。
当然、答えは出ない。
奥まった立地の病棟にまで、足を伸ばしたことが無いからだ。
刹那――。
「ガシャーン!」と大きな音を立てて、少し先で「花瓶のような何か」が割れた音が、響き渡った。
看護師が取り落としたか、患者が誤って落としたのだろう。
理由はどうであれ、「歩いているタイミングが少し違ったら、危なかったな?」などと悠長なことを考えていた。

我に返って。
慌ててメリルを見ると、真っ青になってガタガタと震えていた。
そう、ハースキントン症候群の患者は、大きな外的刺激で発作が出るのだ。
まるで、病院に担ぎ込まれたあの時のように――。
「あーーーっ!」
今度はメリルの悲鳴が、決して広くはない病院の中庭に大きく響いた。
「イヤだ! イヤだ! ここは違う! ここじゃダメだ!」
意味不明のことを叫び続けるメリルを見て、自分の楽観的さに失望を覚え、そして絶望した。
ほんの少し前まで、入院前のメリルだったのに――。
笑いかけてくれた顔で、久しぶりに昔に戻れた気がしていたのに――。

メリルのバイタルに反応して、車いすの「拘束機能」が起動する。
暴れるメリルの身体を、傷つけないように押さえつける。
病棟からメリルの担当看護師が駆け付け、鎮静剤を打って病室へと戻る。
鎮静剤でグッタリとしたメリルは、私が愛したメリルではなかった。
トンプソン医師が、ベッドの横の椅子でうな垂れている私に優しく話しかけてくる。
「クリス君、そんなに落ち込まないで。少しずつだから、ね?」
詭弁だ! 私が愛したメリルを返して欲しい! 気弱だけど優しかった、あの頃のメリルを! と叫び出したかったが、唇を噛み締めて黙っていることしかできなかった。
「今日は、この辺で。ね?」
気遣って、トンプソン医師は優しく退室を促す。
鎮静剤が切れても、メリルは当分の間は面会謝絶だろう。
そっと、医師に肩を支えられながら退室する。

――自室に戻ったクリスは、今日着ていった「メリルから誕生日プレゼント」に貰ったワンピースを脱ぎ捨て、婚約指輪も外した。
ストッキングも脱ぎ、下着姿になって姿見に自分を映す。
「随分と、痩せちゃったな……」
クリスは。元々痩せ型だった自分の、更に細くなってしまった手足を自分の指先でなぞってみる。
シャワーを浴びよう、それから彼との今後のことも考えていこう。
気分を変えるために、下着も外して全裸になりシャワー室へと向かう。

シャワーを浴びながら、考えを巡らせてみる。
「ハースキントン症候群」は、男性しか罹らないと言われている。
女性が罹った例もあるらしいが、統計的に見れば「男性がかかる病気だが、女性に症状が出ることもある」というレベルだ。
それは、宇宙開拓時代に宇宙に出た大多数が男性だったからだろう。
でも、すでに数十世代が過ぎても「ハースキントン症候群」は、なくなっていない。どういうことだろう?
それに。
たしかにメリルは男性だが、宇宙放射線を浴びるような経験は今までにしていないはずだ。
もし「『ハースキントン症候群』は、宇宙放射線病の副次的な病理である」という前提自体が間違えているとしたら?
もし「ハースキントン症候群」自体が、宇宙放射線と関係なく起こるのだとすれば?
その先を考えるのは躊躇われたが、クリスは考え続けた。
今の人類が地球に誕生してから二五〇万年。
人類が宇宙に進出してからの期間は六〇〇年。
あまりにも早過ぎる進歩だ。
この六〇〇年で知り得たことなど、どれだけ知識や発明がなされてきても人類の歴史の中では四二〇〇分の一にしか過ぎない。
もし、そこに根本的な間違いがあったとしたら……。

クリスは、自らの考えを打ち消すように頭を振った。
馬鹿らしい、私らしくもない考えだ。
あまりに荒唐無稽だ。
「人間は、地球を離れては生きていけない」だなんて。
私の父母だって、ここ惑星キレンドルで生まれ育ってきたんだもの。
「いくらテラフォーミングされても、地球でしか生きられない」だなんて。
そんな筈、ないじゃない! でも。もし、それが正しかったとしたら……。
クリスは自らの馬鹿らしい妄想に恐怖を覚え、シャワー室から出た。
脱衣所の、全身ファンで身体を乾かす。

ふと、違和感を感じる。
クリスが自分の裸体に目をやってみると、自分の身体にグリッドが刻まれてみえた。
大昔に歴史映像で観たことがある「初期型のカウンセリングアクター」のような、機械的でコンピューター的な姿。
ぎょっとして、見直してみて安心する。
「いつもの」私の姿に戻っている。
「馬鹿らしい。今日の私は色々あったから、どうかしてるんだわ」

居間に戻って、全裸のまま姿見で自分の姿を検分してみる。
「うん、いつもの私だ。あれ? 私って、こんな表情で笑ってたっけ?」
不安を感じて、ローブを纏って両親にフォーンしてみる。
「あら、クリス。久しぶりねぇ、どうしたの?」
モニタに映る画像はデジタルで、表情すら作り物に見える。
慌ててフォーンを切り、窓から外を見てみる。
――作り物の庭。
――作り物の道路。
――作り物の人たちが、作り物の顔で談笑する風景。
――作り物の「世界」。

そうか。
人類には、宇宙は早過ぎたんだ。
「技術の進化」は、とうに「人類の進化」を追い越していたんだ。
科学は「人間」から離れ、「技術」ばかりが重宝されてきた。
「ハースキントン症候群」は、宇宙放射線病の症状ではなくて、宇宙へ出ることが許されていない人類への警句だったんだ――。

――今。
クリスは、メリルと同じ病室で安らかに暮らしている。
一〇〇〇年後の人類が、どうなっているか? なんて分からない。
もしかしたら、宇宙に適応して「ネオ・サピエンス」になっているのかも知れない。
私が生きている間に、人類が「それ」に気付けるだろうか?
気付けたとしても。
その特効薬を、研究開発・臨床実験を経て一般に広めるのにどれだけの時間がかかるのだろう?
でも。
私は、メリルと「再会」できて嬉しい。
二人で過ごす安らかな時間が戻ってきたのだから――。

【了】

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喜多仲ひろゆ
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