勝手にmurderer
君が居なくなって、一週間が過ぎた。
慌しい日々が過ぎ去り、やっと落ち着いた。
昨日から、会社にも行っている。
周りが俺に気遣って、あまり話をしないで済むのがありがたい。
自分でも驚くくらい、淡々と毎日を過ごしている。
人間ってのは、意外と強くできているようだ。
こうやって書いていても、君がこの文章を読んでくれている気がする。
今にもドアを開けて、「なんか食べた? 一応、買い物してきたけど」って帰ってくる気がする。
ここ数日で、気付いたこともある。
一つに、この部屋は一人で住むには思ったより広いということ。
俺が一人で住んでいると、あっという間に部屋が散らかるということ。
独り言の多い俺だが、いつの間にか聞く人が居るのに慣れてたという事。
文房具や薬、調理器具の位置を、俺はまったく分からないということ。
はは。
なんのことはない。
結局。俺は君に任せきりだったから、この家のことが何も分からないんだ。
●
その日。
君は、一人で出かけていた。
気になる画家の個展だとかなんとかで、雨の中を一人で出かけていった。
俺は家で一人、ゲームをしているときに病院からの連絡を受けた。
――それから数日のことは、よく覚えていない。
色々な手続き。
親族への連絡。
俺は呆然としていて、ほとんどを人任せにしていた気がする。
煌(きらび)びやかな袈裟を着た坊さんと、豪奢な寺。
黒い服を着た人たちと、会場に響くすすり泣き。
とんだ茶番劇だ。
自分は居間に居て、ワイドショーでも観ている気分だ。
こんなのに付き合ってられないし、早く終わって欲しかった。
●
やっと落ち着いたので今、これを書いている。
先にも書いた通り、実感も湧かずに不思議と涙も出てこない。
君は、薄情な男だと思うだろうか?
それとも、その方が安心できるのだろうか?
気を紛らす手段も見つからないので、台所の洗い物をした。
君が買い集めた可愛らしい食器。
俺が一人暮らしの頃から、ずっと使っていたプラスチック製のどんぶり。
グラスを洗っていると、「パキン」と乾いた音がした。
久々に感じる、鋭い痛み。
力を加えていないのに半円形にキレイに割れたグラスと、俺の血で染まるシンク。
血は、流れる水と混じって排水溝へと消えていった。
左手の親指と人差し指の股に、セロテープで不器用に貼られたガーゼ。
気が紛れれば、なんでもいい。
洗濯をしようと、浴室の前に行く。
「それからの日付」の枚数分だけ白いYシャツが、ランドリーバッグに積まれている。
無造作に、Yシャツだけを除けていく。
当たり前のことではあったのだが、ビックリした。
Yシャツの下に、「いつも」が顔を現した。
それから毎日、買い続けた白いYシャツが守るように、そこには「俺たちの日常」があった。
日曜日の朝、君が部屋で着ていた寝巻き。
「もう、こんなの着る歳じゃないんだけどね」と言いながら、お気に入りだったカーディガン。
そっとカーディガンを手に取り、かき抱いてみる。
君の匂い。
そして気のせいだろうか、温かさを感じられたように思う。
その時。
不意に、涙が出て止まらなくなった。
堰を切ったように、感情が溢れ出してくる。
声にならない嗚咽。
君のカーディガンを、胸にしっかりと抱きしめながら。
それだけが、俺と君をつなぐ最後の絆のように感じたから。
そして。
ようやく理解した、理解したくない現実を。
「そうか。君は、もうこの世には居ないんだね?」
●
…。
…なんてさ。
最後まで、しっとりと書ききると思ったかバカめ。
ガッカリしたか?
ガッカリしたろ。
それが、おまいの選んだ男のハイクオリティさだよ。
ハンパなもんじゃねーよ。
定冠詞を付けて「THE キタナカクオリティ」だよ。
「SIMPLE2000」シリーズなんだよ。
「THEお姉チャンプルゥ」レベルよ。
おまいには理解できまい。
死んでも理解できまいて。
っつか、本当に死んでんじゃねーよ洒落んなんねーよバカ助が。
そもそも。
俺が飽きっぽい性格であることは、先刻承知の通りだろうが。
こちとらな。
疲れてハイになってんだ。
笑ってやるよ。
もうね。
文末に全部「(笑)」って入れてやるくらいの勢いだよ。
●
いいか?
まずは買い物について言わせてもらうぞ。
俺くらいになると、買うものを決めて店に行く訳。
最初の店で見つかれば、ハイ終了。
実にsmartでcool過ぎる展開。
そんな俺にしてみりゃ「欲しいものを探しに行く」って感覚が、もう理解の範疇を超えてる訳。
そんで、1件20分で6件行ったら2時間でしょ?
俺、もう2件目くらいから不機嫌な訳。
買うものが「俺の服」でも関係ない。
ポロシャツがどうだパーカーがどうだ、ってね。
もうね。
Tシャツで良いだろうと。
靴下が切れたら、穿かなきゃいいだろうと。
そりゃあ昔はね。
いつも同じ服を着てたから「アニメの人」とか呼ばれてたけどさ。
買ってきた服を着るようになってから「良いの着てますね」とか言われるようになったけど。
じゃあ、これから誰が俺の服を選ぶってんだよ?
ただでさえセンス無いってのに、また「アニメの人」に逆戻りだよ。
体裁が悪いったらありゃしないってんだよ。
十年分くらいの服のストックを買い溜めてから、いなくなれって話。
●
んで、旅行な。
これがまたタチが悪い。
生来の出不精であるところの俺を、好き勝手に連れ回しやがって。
本当に迷惑。
ただでさえ、俺は貧乏なんだからさ。
家でジッとしてる方が、無駄なお金を使わないで済む訳。
Do you understand?
思わず英語で言っちゃうくらいだよ。
突然さ。
出先から電話かけてきて「海が見たい」とか突然言い出すのって、世間的に有りなの?
日曜日の午後から、伊豆まで日帰りとか有り得ないだろ?
水着持ってねぇよ。
取り敢えずATMで10万おろしたよ。
行きの電車の中で、明らかに不機嫌な俺と泣きそうなおまい。
普通に不機嫌になるだろ、そりゃ。
「うわぁい海だ海だ楽しみだなぁ」なんて言うと思ったか。
結局。
終始重苦しい雰囲気の中、晩夏の海を眺めるハメに。
「計画性」という言葉を、謹んで熨斗(のし)袋に入れて送らせて貰うわ。
まぁね。
沖縄やら佐渡やら自転車で走るなんて、中々できる経験じゃないと思うよ?
「自転車で夜道で遭難しかけて泣きそうになる」なんて、まず普通じゃ経験できない。
それは認める。
各地の美味しいもの。
水平線に沈む夕日。
バスクリンみたいな色のサンゴ礁。
俺が一人だったら、経験することはなかったろうさ。
なぁ。
パスポートを取れ取れって煩かったけど、コレどうすればいいんだよ。
海外なんて行く予定無いよ、俺。
連れ回してくれるんじゃなかったのかよ。
まったく無責任な奴だね、おまいは。
●
あとな。
おまいの話は長ったらしい。
一生懸命説明してるのは分かるけど、長ったらしい上にオチがない。
俺は、よく聞いたよな?
「それって長い話? あと三分で、俺は出かけるけど」
「話が読めんのだが、それはおまいが腹を立ててるのか? その友人が腹を立ててるのか?」
「どう落とすの? その話…」
そのたびに「えへへゴメン。私って話すのがキタナカみたく上手くないから…」って。
それでも。
翌日になると、また嬉しそうに話し始める。
学習能力が無いのかと。
思い出すだに、腹が立つ訳ですよ。
本当にね。
説教してやりたいですよ。
「ちゃんと話を聞いてやれよ」と。
「それでも話そうとする気持ちを分かってやれよ」と。
「日常会話に、オチが必要なのかよ」と。
「お前にだから、話したかったんだろ」と。
もう、未来永劫その「つまらない」って言ってる話を、声を聞くことはできないんだぞ。
当時の自分にね。
説教してやりたい訳ですわ、ホント。
●
でもさ。
飯に関しては、安心して良いよ。
元々自炊する人だしさ。
「夕飯、豆腐」とかで全っ然、大丈夫な人だからね俺。
逆に体重は減るんじゃないかね?
二人してダイエットの計画してたのが、滑稽に思われるよね。
また、体脂肪率を15%くらいにしてやんよ。
当然、俺モテモテ。
「ザマァ」ってなもんで。
ただよ。
だだっ広いテーブルで一人、飯を食うのはスゲーつまんない訳。
何コレ?
何、この広いテーブル。
ミートボールと「さい箸」でビリヤードでもしろっての?
使い道の分からない調味料をどうしろっての?
タイムとかセージとかって何に使えばいい訳?
昔しこたま怒られたけど、ピンク色の岩塩なんかオヤツ代わりに舐めるコトにすっから。
異論は認めないからな。
●
な?
文句ばっかだろ俺?
まぁ、ずっとそうだった訳だが。
この期に及んで、おまいへの文句のオンパレードですよ。
おまいが選んだ男ってのは、こういう男な訳。
文句は言うなよな。
言えないだろうけどさ。
●
最後に言わせてもらうけどさ。
俺は言ったことがあるよな?
「好き」は何度も使うけど、「愛してる」ってのは人生で3人にしか使えないと思ってる、って。
そんで。
おまい以外で、今までに一人だけ「愛してる」って言った事がある、って。
あと一回分は娘が生まれてきた時に使おう、って。
おまいね。
俺、リーチかかっちゃてるじゃんか。
めっちゃオープンリーチ。
カラータイマー、小学生が「てんかん」起こしちゃうんじゃないか? ってくらい点滅状態。
をいをい。
あと一人にしか「愛してる」って言えないじゃんか。
普通に娘の分がなくなっちゃってるよコレ超焦るよ。
今さらになって「※子供が生まれた場合は、この限りではない」って注釈を入れろとでも?
ありえないだろ!
こんな悲しさを味わいたくないから、自分より十近く年下のおまいと結婚したんだよ!
バカげてるってんだよ。
本当にバカげてる。
俺に謝れ。
ヘンな持論を頑なに守ってきた、俺に謝れ。
謝ってくれよ頼むから…。
なぁ。
俺は、おまいに「愛してる」って言ってあげられてたかね?
その昔に読んだ本で、「日本人は伴侶に『愛してる』って言わない、冷たい民族」って書いてあったんだよ。
俺は、その時に思ったね。
「欧米の夫婦並に『愛してる』って言える男になろう」ってね。
「日本人の慎ましさは文化」?
そんなん知るか!
言えてたかね?
言えてないよな。
意識して口にしてみせても「なんか悪いこと…した?」なんて疑われる始末だもんな。
「日頃の行い」って奴かね?
「バカだね、おまいは」って言った回数の方が、断然多いよな。
バカなのは俺の方なのにな。
間に合うのかな?
ってか全然、間に合ってないけどよ。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してるってんだよバカ野郎。
こうやって繰り返して書くと薄っぺらな言葉だよな…とも思うが関係ない。
俺の男気に、恐れ慄(おのの)けばいい。
「愛してた」なんて過去形は使わないよね、ココ重要。
It's現在進行形、これが俺のジャスティス。
過去形にして、美しい想い出なんかにしてやるもんかよ。
「なに恥ずかしいコト言ってんだ?」って。
今さら後悔したって遅いってんだよ。
俺より先に死んだ時点で、フルボッコ覚悟しろっての。
俺と結婚したことを後悔しろっての。
俺ほどのダメな男は、そうはいないぜ?
俺ほどの天才も、そうはいないがな。
俺は結構、根に持つタイプの男だからな。
いつまでも忘れないで、バカにし続けてやっからな。
愚痴を言い続けてやっからな。
……それがイヤなら、今すぐ帰って来いって話だよ。