知ってる仕事について【DTPフロー構築と、新米DTPオペレータ】
【前回のあらすじ】
元印刷営業マンが販促プランナーに転職したが、離職率が高く一人部署に。
DTP班は、「入って3か月の新人君」以外の4人が、一斉に退社。
一人一人は小さな「火」だが、2人合わせて炎になれ!
俺が「カズミお姉さま」で、新人君は「ノリコ」だ。
俺たちが、ガンバスターを一番うまく動かせるんだ!
ということで。理屈は知っていてもアプリを使ったことがない俺、ことカズミお姉さまと、仕事の手が速い新人ノリコとの「新・DTP班」が結成されたのであった。
まあ。
「無理」と切り捨てるのは簡単だけど、「無駄」を究極まで省くことから着手した。
今まで、DVDメーカーのレーベルごとに担当者がいた。
問題が起こった場合の「責任の所在」をハッキリさせるためだろうが、超~無駄。心の底から無駄。
前の会社は、ISO9000シリーズを取得してたからね。
いずれにせよ。2人部署では、責任の所在もクソもない。
「なんかトラブルが起こったら全部、俺の責任ってことで」と社長に進言した。
レーベルの数だけ人間がいないんだから、「作る」人間と「管理する」人間にするしかない。
管理するにあたって、まずはDTP班で作成するDATA情報は俺に集まるようにした。余計なストレスをノリコに与えないためだ。
エクセルで、「確実に作らなければいけない」印刷物(例:DVDのジャケット)をスケジューリングしていった。
元印刷営業で良かった、と思った瞬間だ。
スケジュールは頭で組んで、エクセルで作ったカレンダーに入れていくだけで済む。それでも解決すべき問題は山積みで、次々と頭を駆け巡る。
しかし、最初からつまずいた。
そうは問屋が卸さない。
印刷会社が許さない、ときたもんだ。
俺が「物理的に可能だ」と思っても、創業当時から印刷を一手に引き受けていた印刷ブローカーの担当が「無理です」と言ってくる。
「私だったら可能だと思うので、他の印刷会社を探しますね」と言ったら、そこの社長さんから電話がかかってくる。
しかも、社長さんが懇意にしている役員に「アマノ・カズミ君ってメチャクチャだよね」とかチクってくる。
その役員経由で社長に伝わって、「お前、印刷業者に無茶を言ってるんだって?」と聞かれたが、知ったことではない。
「私が可能だと思うことを『できない』と言ってきたので、他の業者さんを探しますと言っただけですけど?」と言いきった。
「まあ。俺をクビにしてもらっても構いませんよ。絶対に、このままだと破綻しますけどね」とも言った。
なあ、社長!
俺はアンタと話している時間も、次にやるべきことを考えてるんだよ!
クビにしてくれるなら、考えないで済むからさ。ハッキリ言ってくれよ。
「ま、まあ。そこそこにしとけよ」という、一番うれしくない回答が社長から返ってきた。
分かった、「俺の勝手にしろ」ということだな。
そして。
ココが大切なところだったが、一日空けて仕事のフローについて新人君と話し合った。
今まで適当だった、写真や入稿DATAのファイル名を一律化した。
進行中の仕事の問題点をノリコからヒアリングして、「次月から一気に変えるぞ」と決めた。
ノリコが反対したら終わる、一種の賭けだった。
「やりましょう!」と言ってくれた。
よし! 俺は、まだ頑張れる。
まずは、「ハードの問題点」。
ノリコが言うには、「CSじゃないと、話になりません」とのこと。
会社では設備投資を全然していなかったので、「社長とノリコのPCを新しくして、CSを導入してください」と社長室に直訴した。
デザイナーさんの「CSを導入してくれるなら、クオークで組む必要がなくなるから助かる」という言葉も後押しになって、俺が使っているWINの横にロートルだけどフォントが充実したMACが配置された。
俺は二刀流になった。
次は、「管理しやすいDATA作り」。
昔のDATAは酷いものだった。
ファイル名が、漢字仮名混じりは当たり前。
表1の写真か、背の写真か、表4の写真かもおぼつかない。
写真のファイル名は「XXX001_H1_001.eps」とかにした。
これは、「XXX001」という商品の「表1」で使われる「001」番目のファイル、という意味だ。
同様にして「XXX001_H4_026.eps」だったら、XXX001の表4に使っている26番目のファイルだ。
DTPのプロが聞いたら、呆れて声も出ないだろう。
それほどまでに、今までが酷かったということだ。
俺たちは、二人とも前職からプロだ。
「ココで一気に、全部かえていこう!」という考えに同調してくれたノリコには、感謝の念しかない。
次は、「無駄な作成DATAの間引き」。
ジャケットが、商品発売に必要だから最優先。
次に、DMに入れる商品紹介の印刷物。
ノリコから「コレがキツい」と言われたものは、俺が作れるか精査する。
フォーマットが決まった簡単なものは、テキスト差し替えと写真リンクの変更だけで済むから、俺がやることにした。
カラープリンターで出力するような簡易POPなどは、汎用性が高いモノだけ受けた。
※例:「店舗ごとの売上No.1」POPは、商品名や説明まで入れると手がかかる。商品名や店名を入れずに、A3サイズでTOP10まで出力できるPOPを作った。DATAをPDFにして、営業内で使い回ししてもらうようにした。
最初の三ヶ月がキモだった。
校正は俺だけになったので、注力した。
最高潮の時期は、QRコードの形まで覚えていた。
「このQRコード、情報量が多過ぎですよね?」と読み取ったら、間違いを見つけられるレベル。
自分でも、当時の俺が気持ち悪いレベルの校正力だった。
少しずつ余裕ができ始めて、仕事が一段落ついたらイラレの使い方を教えてもらった。
俺が使っていたのは「イラレ8」だった。でも、無手勝流ながらオペレートは覚えた。
営業からの不満が多かったので、技法も教わった。
ドロップシャドウや袋文字から、業界独特の文字詰め。
グラデーションや、ガウスぼかし。
教えてもらったら、翌日の仕事に取り入れた。
毎晩終電だったが、デザインセンスはないまでもルーティンワークと営業POPとかは俺が作っていけるようになった。
余裕ができたノリコは、ジャケットのレタッチを自分でやるようになった。
納期までの時短が図れるナイスアイディアだが、彼の負担は怖かった。
失敗したって怒られるのは俺の仕事なのに、ノリコは終電までレタッチをしていた。
俺は次月の予定を組みながら、背中合わせで笑い合いながら仕事をしていた。ようやく落ち着いた、と思った。
だが。
持論で感覚的な話だが、手を動かす作業は「HPが減っていく」が、頭を使う作業は「MPが減っていく」。
3ヶ月先のスケジュールを組みながら校正をしていると、校正ミスが増えていった。
どうやら俺は「戦士型」で、MPは少ないようだった。
そんな矢先に、社長から「校正が大変だろ? 人手が欲しいか?」と聞かれたので、「安西先生。校正してくれる人……、欲しいです」と答えた。
コレが大失敗だった。
古株のお局様的な女性社員が、DTPに配属された。
元出版社にいた人だから心強いこと、この上ない。
そう、考えていた時期が俺にもありました。
「こうしてください」とミスを指摘すると、「どうして!?」と必ず返してくる人だったのだ。
例えば。
DTP業界の常識として「英数文字は半角で」というものがある。
「どうして半角にしないといけないの?」と怒りを俺にぶつけてくるのだ。
最初は丁寧に説明していた。
画面に全角数字と半角数字を打って、「ホラ、全角だとヘンになるじゃないですか?」みたいに説明した。
「じゃあ。どうして、半角数字が全角みたいに見えるの? おかしいじゃない!」って返ってくる。
とばっちりは俺だけにしたかったのだが、ノリコにまで絡んでいくからタチが悪い。
俺は多少、語気を荒げてお局様に言った。
「そういう風に、できてるからです! 文句があるなら、モリサワにでもアドビにでも電話をかけて文句を言ったら如何ですか?」
これが連日続くと、目に見えてノリコのテンションが落ちていった。
社長に直訴しに行ったら、彼女は半年の間に3回部署替えされてたそうだ。
たらい回しの受け皿にされる余裕は、うちの部署にはありません!
「まあまあ。もう少し、仲良くやってくれよ」と言われた。
「お局様がいるとノリコの作業効率が下がるんです。実際に『会社を辞めたい』って言ってましたけど、それでもお局様をDTPに置きますか? 俺も限界です!」
この頃に、3人目のDTP要員が入社した(お局様は頭数にいれない)。
それからしばらくして、ノリコは退社した。
入社した新人は、俺よりも年上。
熟練の人だったので、支障はなかった。
しかも、お局様をスルーするスキルを持っていた。
俺は。早々にレギュラーの印刷物をお局様に引き継いで、管理業務の方に専念することにした。
校正に対する責任は俺が一手に引き受けたままだったが、たまにしかお局様と関わらないようにしたかったからだ。
※無論。校正の手を抜いていたわけではないし、今まで以上に頑張った
今の印刷発注システムは高いよな? とは、常々思っていた。
余裕がある時に、「自分が印刷営業だったら、いくらで受注するか?」をシミュレートしてみた。
R18業界(うちの会社だけではなかったらしい)は頑なにCTPを嫌っていた。
でも「CTPにすれば追刷が月に8回入らなければ、安くなる」という提案書を社長に提出した。
採用された。
段階を経たので、3年間でジャケットの印刷費は半分に削れた。
賞与は実績制で、社長に「君はTOP3に入ってるよ」と言われたが、今までの印刷費が高すぎたと思った方がいいのにな? と思った。
蛇足だが、次の年の昇給も凄かった。
次の施策。
R18DVDは、当時は煌びやかだった。
金箔銀箔は当たり前。
蛍光インクを使った、5c印刷や6c印刷まであった。
一番すごかったのは、6c印刷+金箔だっただろうか?
昔のDATAを漁っていて一番ビックリしたのは、4c+DIC157の5色印刷(しかも、18禁マークのところしか使っていない)だった。
元印刷営業としては、「何コレ?」な使い方。
デザイナーのミスかも知れないけど、印刷会社も指摘しろよ。
DIC157って、ほぼ金赤でしょ?
まあ、いいけど。
あと。
蛍光インクは(他の特色もだが)、退色が凄い。
店舗の窓際に置いてあったら、2ヶ月で違う色になるのさ。
だから、「4c印刷化」を推奨した。
どうせR18DVDを買うにあたって、先にネットで調べるでしょう?
ネット通販とかで買う人も多いと思う。
そうすると、金箔は「ダミーのグラデーションで作ったダッサイ金色」で表示される訳ですよ?
ずいぶん前に進言していたのだが、会社の全体集会で社長が言った。
「これからはインターネットの時代だから、ジャケットは4c印刷にします」
うん。それ、随分と前に俺が言った。
結局。
ジャケットの印刷費は一番最初の30%くらいまで落ちたが、もはや俺は毎年コストカッターとして「下げて当然の人間」になっていた。
色数を減らしたのは「社長の英断」ということになり、俺の実績としては評価されなかった。
多分、覚えてないんだろうな?
社長自身が「お! 俺、ナイスアイディア!」とか思っているんだろう。
その時期には昇給も賞与もなかったけど、「やっぱりコストが下がるんだな、ありがとう」の一言だけでも欲しかった。
かなり愚痴っぽくなってきたが、愚痴っぽいというコトは仕事にストレスを感じていたというコトになる。
公私ともにガタガタだったので、体調を大きく崩した。
そして、休職することになった。
「4ヶ月まで」とのことだったので、最初は3ヶ月のつもりだったが、念のため4ヶ月一杯まで取った。
途端に、会社から電話がかかってきた。
「お前はもう、DTPにはいらんから企画営業になれ」
は?
声も出なかった。
営業は、絶対にイヤだ。
とくに。
この会社の企画営業は、他部署に比べて離職率が非常に高い。
「失敗すると怒られて、成功すると社長の手柄になるんだよなあ」と言い残して辞めていった同僚がいた。
そんな部署はゴメンだ。
ああ、そうか。
大きなストレスの原因が分かった。
俺は。仕事で文字を打ってれば幸せだった。そして、頑張ることは慣れているんだけど「会社から必要とされていない」と感じると「やる気」がなくなるんだなあ、と。
復職日の当日に、部長から辞令があったが固辞した。
明らかにムッとされて、「社長に直接言いなさい!」と言われた。
社長にも、同じことを言った。
「お前、キチガイなんだろ? うちの会社はキチガイになる奴が多いんだよ。一生、治らないんだろ?」と言われた。
頭の中が真っ白になった。
怒りすら出てこない。
「ああ。こういう会社だから、マトモな人間はみんな病んでしまうんだろうな」と思った。
「あの、スイマセン。昨日付で退職させてください」と言い残して会社を去った。
休職前より最低な気分だった。
それからの3年間は、あまり記憶がない。
――今だから思えるのだが、「アンタの会社に入る前からキチガイだったんだよ!」って言えばよかった、と心の底から思う。あの会社にいたら、相当に図太くないと心が壊れる。