所詮コノ世ハ「胡蝶ノ夢」ヨ、サァ踊レ

戦争の前に、僕らは無力だ。

僕は、学校に通っている一学生に過ぎない。
スーパーヒーローでもなければ、戦うすべを身につけた兵士でもない。
それでも毎日、僕は学校に行く。
結局、どこに居たって「そのとき」は来るのだ。
両親と離れて暮らす僕は「『その場所』は下宿先より学校の方が寂しくないな」、なんて考えたりもした。

「奴ら」からの攻撃は、気まぐれで短時間に行なわれるゲリラ活動のようなモノだ。
非戦闘員に対する攻撃は、極力行なわず。
捕虜は取らず。
国が対応を打つまでの間に引き上げる。
「崇高な理念」とやらで戦っているらしいが、僕ら学生まで情報が降りてくることはない。

だから、僕らは「避難訓練」ではなく「防災訓練」を受けている。
「逃げる」よりも「非戦闘員」であるアピールの方が重要な訳だ。
そんな訳で「家に居るよりも学校に居る方が安全」だ、とされている。
「こんな緊急時に、呑気に授業なんかやってる場合か!」と思うだろうが、そういう理由だそうだ。

防災訓練。
僕らが授業を受ける教室は、階段状になっており机と椅子が固定されているタイプだ。
大学とかの「大教室」を思い浮かべてもらえれば良い。
非常時には、全校放送でサイレンによる警報が鳴る。
サイレンが鳴ったら、生徒は教室の真ん中にギッシリと集まる。
前の方で受講する生徒は後ろ(上)へ。
後ろの方で受講する生徒は前(下)へ。
机の下にもぐり、ただ息を潜める。
当初、緊張に耐え切れずに、逃げようとした生徒が撃たれた事件があったらしい。
彼の生死については、僕たちには伝えられることはなかったし、知りたいとも思わない。

今日も今日とて、サイレンは鳴る。
この瞬間には、いつまで経っても慣れない。
そう訓練されているからか、教室の中段の席は埋まっている。
警報が鳴ると、中段は鮨詰め状態になる。
最初から中段に居ると「押される立場」になるので、けっこう苦しい。
しかし、中段センターの方が安全なのも事実だ。
端に居て、内側の生徒が先述の学生のようなパニックを起こしたら、確実に流れ弾を喰らうだろうから。
実に悩ましい選択だ。

僕は、いつも後ろの方で授業を受けている。
「よいせ」と腰を上げて、教室の下へと向かう。
前の方で受講している生徒が、バタバタと中段に向かって移動しているのが見える。
ベストポジションは、「中段外から三人目」といったところか?
椅子取りゲームよろしく、僕らは「ちょうど詰めれば二、三人は入れそう」なスペースを探す。
今日は運が悪かった。
どうやら、一番外側になりそうだ。
頼むから、僕が居る列の奴はパニックなど起こさないでくれよ?
満員電車に乗り込む要領で、入れそうな列に背中から入り込む。

そうして、しばらくすると大人数の足音が聞こえてくる。
これが「奴ら」なんだろう。
「だろう」というのは。
僕は「奴ら」の姿を見たことがないからだ。
正直に言おう。
僕は怖いんだ。
銃を持った(多分「それ」で人を撃ったことがある)兵士と対峙して、正気を保つ自信がない。
逆らおうなんて、とんでもない。
ただ目を閉じて、彼らの関心が僕に向かわないことを祈るだけだ。
もしも撃たれるならば、銃口がコッチを向いてることに気付かないで一発で殺されたい。
それくらいは望んだって、バチは当たらないだろう?
僕は、サイエンスフィクションのヒーローなんかじゃないんだから。

教室内に進入した「足音」は、戦闘の予感が薄らぎ穏やかなものになる。
しかし、僕の心臓は口から飛び出さんばかりにバクバクいってる。
僕は「ぎゅっ」と目を瞑り、足音が自分の近くで止まらないことを祈る。
僕の列に居る学生が、パニックを起こさないことを祈る。
「奴ら」が、この場所に興味を覚えず立ち去ることを祈る。
永遠とも思われる五分間。

無線で話す声が聞こえ(それが何語かすら聞き取れなかった)、「奴ら」は去っていった。
握り締めた手は冷たい汗をかき、爪の食い込んだ痕が手の平に残ってる。
足音が遠ざかり、それから十分。
僕らは、ゆっくりと緊張を解いていく。
時計を見ると、十八時半。
あと三十分で五限が終わる刻限だ。

担当教師が見当たらず(殺されたということはないと思うが)。
若干の混乱が、教室内に生じていた。
「このまま帰ってよい」のか?
それとも「学校からの指示を待つ」か?
「帰っていんじゃね? 一日くらい早退しても、何も言われないっしょ?」
群集心理で、こういう時は先に意見を言ってしまえば、流れは傾くもんだ。
僕は、いち早く帰る準備を整えて教室のドアから外に出る。

薄暗くなった、普段どおりの街並み。
「戦争」というと、瓦礫の山とかを想像してしまう僕の想像力が欠如してるのか知らん?
さっきまでの緊張を思い出すと、呼気が震える。
怖い。
いや、怖かった。

僕が付き合ってる彼女のクラスは、無事だったろうか?
彼女から「助けて!」というメールがきたら、僕は何かができるのか?
身体がガクガクと震える。
ただ悲しみ、何もできない自分を今なら容易に想像できたから。
逆はどうだ? 僕が「そのとき」、彼女に望むことはなんだろう。
「僕がウェブで書いている日記の、最後の一日分を書いて欲しいかな?」と思った。
僕は君にとって、どんな人間だっただろうか?
ほんの少ししか、読んでいてくれる人の居ない日記だけど。
「けじめ」は付けておきたいな? とか。
そんなことを思いついた自分に苦笑する。
どんだけ僕は寂しい奴なんだ?

「キタナカ、俺も便乗させてもらうわ」
後ろからクラスメイトの声。
それほど親しい友人でもないが、こんな気分のときは独りで帰りたくない。
彼が駅への足を進めると、歩調を合わせるように僕も歩く。
コンビニのゴミ箱を、彼が漁り始める。

「いや、ココのゴミ箱。マガジンが、よく捨てられてるからさ」
はは、平和なこった。

僕は、彼がゴミ箱の上に置いた、漫画雑誌を手に取りページをめくる。
刀を、半裸で構えた女性の絵が目に入る。
頭上に構えた刀の刀身が、女性の乳首を隠している。
コマの外に「刀が邪魔っ!」とか作者の手書きコメントが入っている。
不意に。
笑いがこみ上げてきて、声を上げて笑った。
友人は、不思議そうな顔で笑い続ける僕を見ている。

本当に平和だ。
あんな怖い思いをしている人が居ても、少年漫画は乳首を隠す。
本当に平和だ。
三十分前までは「死ぬかもしれない」と思ってても、今はゴミ箱で漫画雑誌を拾ってる。
本当に平和だ。
薄闇の中で、おっぱいが見えそうな絵を見ている男子学生。
本当に…。

笑いすぎて涙が出てきた。
こんなに平和なのに。
明日は、僕の番かも知れないな?なんて思いながら。

…。
……。
…という夢を見た。
細かいディテールまで、結構そのまんま。
「避難訓練」じゃなくて、「防災訓練」になってる理由だけは後付け。
いえね。
目が覚めたとき怖くて怖くて。

全然伝わらないよね?うん。
書き留めてる途中で、自分で「なんで、あんなに怖かったんだろ?」と思ったもの。
げに、書かれて思案に余るは夢の話なりき。
どっとはらい。

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