ハッピーエンドの作り方【0-4_b】

【第四幕-B】「ミライとパンダ店長」(一人称視点=ミライ

私めが、散らかり放題にしてある店長の部屋を掃除している時に、不意に店長に声を掛けられました。
どうせ。くだらないことでしょうけど、私めは振り返りました。
「おい、ミライ。こいつを見てくれ、お前はどう思う?」
まったく。
人に世話を掛けさせておいて、暢気なものです。
私めが店長に向かって振り向くと、店長はひらひらと軽薄そうなピンク色の女性用の下着を振っていました。
今月は切り詰めないといけないのに、どうして店長は無駄遣いばかりするのでしょう?
「はい? その『女性用下着』のことですか?」
ここで取り乱してしまえば、店長の思うツボです。
丁寧さを心がけて、店長が諦めてくれるまで流し続けるとしましょう。

「私めの意見を申し上げますと、『機能性の欠片(かけら)もない』というのが率直な感想です」
私めは、「ふう」と息を整えてから答えてみせました。
まったく。毎日々々飽きもせず、よくもまあセクハラ発言が繰り返せるものです。メガネの位置を整えて、溜息を吐(つ)くのを堪えました。

「なぜ、そう思う?」
食い下がってくる店長に、苛立ちを覚えながらも答えました。
「まず。本来の目的である『女性器を守る』という点で、その下着は最初の定義からすら外れてしまいます。大体、何ですか? ほとんどが紐で、申し訳程度にレースをあしらった布切れは! しかも。一番、大切な部分に穴が開いてるじゃないですか!」
いけません。私めとしたことが、声を荒げてしまうなんて……。
こんな下らない問答はサッサと済ませて、早く一階に戻って紅茶の仕入れ発注書を書かなければいけないのに……。

「でも、エロいじゃん?」
店長は頭に女性用の下着を被りながら、退屈そうにベッドの上を転げ回っています。
「はぁ? こんな非合理性の集合体に、エロスなど感じる方が愚かです!」
反射的に、眉を顰(ひそ)めてしまいました。これではメイド長として失格です。冷静さを保たなければいけません。
「たしかにそうだな。でも、これを男が買って『愛する女に穿いて欲しい』と切望した場合は、どうだ?」
「そんな感情論で、非合理性を覆すことは不可能です」
もう我慢できません。私めは腕を組み、店長に厳しい視線を送りました。
これで、店長が納得してくれるといいんですけれど。

意外にも、店長は食い下がってきました。
「でも、人間は『感情の生き物』じゃないの? それに、女が男の要望を潔しと受け容れて穿いた場合。男は喜び、普段より多くの精子を彼女の胎内に排出する可能性が高い。この時に男女が『子供が欲しい』と思っていると仮定した場合、種族の繁栄という意味では『合理的』になり得ないか?」
「え?」
あれ?
店長が言うことに、理があるような気がしてしまったのです。
そんな馬鹿な――。私めは眩暈(めまい)に近い感覚に襲われ、後ろによろけてしまいました。
少しパニック状態に陥ったまま、私めは答えます。
「それは……。あまりに『特殊過ぎる例』であって、実際は女性を『道具』として考える男性たちが――」
頭に血が上るのを感じ、自分でも訳が分からず反射的に反論してしまいました。これはいけない――。

「おっと、ストップ! それは『極端な女性論』だ。俺より『ジェンダー的なバイアスをかけた話』をするのはミライらしくないなあ」
やはり、図星を突かれた! 声が口から出てこない。完全に店長の策略にハマってしまった。顔が熱い……。
でも、このまま店長を野放しにすれば、これから喫茶「大団円」を取り仕切っていく身としては、面目が立ちません。
「し、しかし。生産コストとの費用対効果を考えると、やっぱり非合理性の方が勝ってくると思うのですが……」
明らかに、会話のミスリードにハマってしまった。
恥ずかしい! 段々と小さな声になってしまい、子供の頃から癖だった両手の指先を絡めてモジモジしてしまいました。
もう、勘弁して欲しい。それとも、一気呵成に自分のいつものペースに戻って、話を有耶無耶にしてしまった方が良い気もします。

店長が、ベッドの端まで寄ってきて、私に手招きしてします。
「こっちに来てミソ。もそっと、こっちに――」
どうやら飽きてくれたようです、ホッとしました。キャッキャとはしゃいでいる店長からは、先ほどまでの「邪気」を感じません。
「ていっ!」
店長は、私めの右手の甲に指を触れました。こんな行動に何の意味があるのでしょう?
「は? これは、何なんですの?」
「今、俺はミライの右手に触れている。そうだな?」
一瞬「ぽかん」としてしまいましたが、気を取り直して店長に答えました。
「ええ。たしかに店長の左手は、私めの右手の甲に触れておりますわ」
「ところで。人間の肌って、全部繋がっているよな?」
「当たり前です!」
そんな。ロボットじゃあるまいに、人間の皮膚が繋がっていないなんてナンセンスなことを言いだす店長に、怒りを覚えてしまいました。
「じゃあ、この状態って、俺がミライの女性器に触れているのと、どこが違うの?」
ばっ! と素早く飛びすさりました。
あれ? ちょっと待ちなさい、私の「理性」。店長の口車に乗ってはイケナイのです。
私めは、心拍数の上昇とアドレナリンの分泌が過剰になっている。
冷静に考えられる思考を取り戻すまでに、時間がかかる状態です。
店長の思惑通りに、取り乱しているに違いない。
これではイケマセン。私めが店長を止めなけれ――。

「さらに言えば、分子や原子までに至れば、俺とミライは今でも『繋がってる』状態だよね? 服で隠していたって、素っ裸なのと変わりない。そこにあるのは『服』という名前のノイズでしかない――」

私めの、強固な筈の感情プロテクトが破られてしまいました。
剥き出しの自分を見られてる気分に襲われ、パニックに襲われました。
「きゃ~!」
制御が利かない! まるで自分ではないかのような、はしたない少女のような悲鳴が私めの喉から発せられました。
もう無理! お願い、誰かこの激情の嵐を止めて!
自らの胸をかき抱いて、自分の存在を確認する。
身体の制御も出来ず「ぺたり」と座り込んで、意識を失いそうになる自分を維持するのが精一杯でした。
「お……お願いです。こちらをご覧にならないでくださいまし――」
身体の震えが止まらない。
視界の端に、店長の姿が「ぼんやり」とは映っていますが、身体は動きませんでした。
店長は、心配してくださっているのでしょうか? 急いで私の方に近づいてきました。

「さあ! 『あなたと……、合体したい』と言え! 『エロは駄目』って言う奴が、一番エロいって婆っちゃが言ってた! やーいやい、『ザ・ベスト・オブ・エロ女2020』の称号をミライにあげちゃうから、光栄に思え!」

耳に入ってきたのは、いつも通りの店長の声でした。
こちらが、身体がバラバラになるかも知れないという恐怖と戦っているのに、いい気なもんだ!
ふざけるな! 私めにだって矜持がある! どれだけ店長の為に努力してきたと思ってるんだ!
私の中で、何かが「ぷつり」と切れる音がしました。
コイツハ、敵ダ――。排除セネバ……。
「もーど」ヲ変エロ! 武器ニナルモノハ――。ヨシ、コレデイイ。

「敵」は、計測器のようなものを私めに向かって構えているが、それは私めに危害を与え得ないと判断した。
強い思念を送ると、「ボンッ!」と音を立てて「それ」は爆発した。
「計測不能……だと?」
「敵」の声が聞こえる。見慣れた顔だ。私めには今、一瞬のスキすらない。

「てーんーちょー!」
私めが持っている「得物」を、大上段に構える。
「敵」の動きはシミュレート済み。真っ直ぐに打ち下ろせば、確実に「敵」の頭を割ることが出来る。

「たぁっ!」
刹那――。
「店長」の姿が、眼前に映っていました。
イケナイ! この方は「敵」じゃない! 瞬時にモード解除を試みました。
「『真剣白刃取り』っ!」
ギリギリでした。
危うく、店長を殺めてしまうところだったのです。
「どう」と床に倒れ伏した店長に駆け寄りました。よかった、力のセーブがギリギリで間に合っており店長は生きています。

私めは胸を撫で下ろしました。
「痛った! これマジで痛った! コレ絶対、骨が折れてるって!」
部屋の床を頭から血を噴水のように噴き出しながらゴロゴロ転げ回る店長を見て、「本当に手がかかる店長だ」と思いつつも、安堵感に包まれました。
「ふん!」と鼻を鳴らしてみせて、冷静に戻っている自分の身体を検分してみました。
大丈夫、左手に「力の残滓」を検出しましたが自己修復できます。
「頭骨は割れますが、折れたりはしませんよ? 店長。床の掃除は自分でなさってくださいね」
素知らぬ風を装って、私めは部屋から出ました。

閉めたドアを背に、冷や汗が止まりませんでした。
怖かったのです。
もし。一瞬でも遅れていたら、私めは店長を――。
震える左手を右手で押さえながら、一階への階段を下ります。
もっと早く店長を諫めていれば、という後悔の念が沸き上がるのを抑え込んで、一階へと歩を進めていきました。
どうせ。店長は、血の汚れを掃除しないでしょうから、バケツも持ってこないといけませんね……。

案の定、店長は掃除をする気は無いらしく、頭にバッテンマークの絆創膏を貼って、部屋から出ていってしまいました――。
私は、「完全に自分に戻った」ことを確認して、一階のキッチンへとバケツを取りに戻りました。
「ふう。私めの仕事を増やして、しようがない店長ですわね」
私めは、気を取り直してバケツとふきんをもって、二階へと向かったのでした。

【了】

――鬼畜だな店長! 視点変換して書いたら、自分で驚いたわ。(3799文字)

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