採用広報の限界。母集団形成に向けた、note活用「次の一手」を考察
採用広報にnoteを活用する企業が、この数年でかなり増えたと思う。具体的には社員インタビュー記事を中心に、業務内容や職場の雰囲気、福利厚生といった情報を候補者に伝える取り組みだ。
上記のような課題を解決するための一助にはなっていると思うし、note運用が成果に結びつくケースも事実として多い。私もこれまで多くの記事づくりを通して、たくさんの感謝の言葉を受け取ってきた自負もある。
……なのだけど、採用支援をする立場としては、乗り越え切れていない課題も残っていると感じている。それが「母集団形成」だ。自社の求人に関心を持っている候補者の集団、または好意を示してくれている潜在層だとここでは定義する。
noteの記事は、エージェントとの情報共有にも便利だし、面接前に候補者へ記事のリンクを送ることで企業理解が促進され、歩留まり率や内定承諾率の向上、さらには離職率の低下にもつながる。
ただ、既存のnote運用が効果を発揮する場面は「エントリー後」のケースがほとんどで、母集団形成という目的に対しては正直……弱い。
これが限界なのだろうか?
次の一手は、もうないのだろうか?
noteを含むオウンドメディアの文脈で思考を巡らせていると、おぼろげではあるが解決策の糸口が見えた気がした。結論としては「本のようにWeb記事をつくる」なのだけど、これでは伝えたいことの1/100も伝わらないので、どうか私の思考プロセスに付き合ってもらえると嬉しい。
そもそも、なぜ採用広報上のnote運用では「母集団形成」につなげることが難しいのか。根本的なところから話を進めたいと思う。
採用広報note「とじてしまう」ことに原因
note上では日々、社員インタビューをはじめとした採用広報のコンテンツが展開されています。それらを眺めていると、インターネットの開かれた世界で公開しているにもかかわらず、なんだか世界が「とじているなぁ……」と感じることがあります。
「企業のひとりよがり(言いたいことだけ発信する)」「身内感のある記事だから」という理由ではありません。課題の本質は「採用がしたい」という意図や狙いがこぼれおちていることだと思います。
母集団形成ができれば嬉しい。だけどまずは、目の前にいる候補者への対応が先であり、1秒でもはやく募集枠のポジションに内定を出したい。会社の予算や時間にはかぎりがあるし、担当者としても期ごとに結果を出さなければならない事情がある。
すると否応なく思考は「短期決戦」に向かうし、選考参加率や歩留まり率、内定承諾率というわかりやすい指標を基準に、採用の確度を高めていく行動へ偏っていくことになります。
導入事例のコンテンツが商談時の成約率を高めるように、採用広報の記事は選考プロセスを改善する力がある。しかしこれでは、母集団形成という目的からは大きく遠ざってしまう可能性が高い(と思っています)。
母集団形成には、母集団形成に必要な発信、ふさわしいコンテンツがあると思うのです。
母集団形成に必要なコンテンツの正体
前提として、「広がりのあるコンテンツ」であることが条件だと思います。求職者だけでなく一般のnote読者にまで広く届くことが望ましいのでは、というのが私の考えです。
その時にフックとなるのが、思想や企業文化、価値観やビジョンなどです。noteの読者から「私の気になるテーマに取り組んでいる会社だ!」と思ってもらえることが大事なのではないでしょうか。
知らない企業の記事がたまたま自分のSNSに流れてきたとき、読んでみようと思えるのは、記事タイトルをみて「関心ごとが一緒だ!」と感じるから。
要は読者というもの、ただただ「共感したいだけ」なんじゃないか? というのが私の仮説です。もう少し解像度を上げるなら、記事を通して自分の考えを補完・強化し、他者と共有することで承認欲求を満たし、あわよくば記事やコンテンツを制作した人とつながりをもちたい、という。
おそらく、既存の採用広報noteに足りないのは「共感要素」なんです。転職動機や入社の決め手、プロジェクトを通して得たやりがいや成長実感、ノウハウ……ではなく。もっと強烈な、読者の「共感したい!」を満たすようなコンテンツです。
母集団形成に役立つコンテンツ(案)
自分の経験を振り返ったとき、この会社と接点をもちたい、この人とお話をしてみたい、そう思えたのは「ドキュメンタリー映像」や「本」からの情報にふれたときだったように思います。
いくつか例をあげると、マザーハウスの『Third Way 第3の道のつくり方』を読んで創業者・山口絵理子さんの考え方に惚れたことがありました。目次に目を通すと、二項対立を超えた第3の道を探るような経営をしてきたことがわかります。
「社会とビジネス」のThird Way
「デザインと経営」…
「個人と組織」…
「大量生産と手仕事」…
「グローバルとローカル」…
最近だと、まめくらし代表・青木純さんの想いと実践エピソードをまとめた『パブリックライフ: 人とまちが育つ共同住宅・飲食店・公園・ストリート』は印象的でした。
大きな学びがあるだけでなく、一度は青豆ハウスに行ってみたいなぁと思わせる内容が満載。“ひらく” をキーワードに、それぞれの新しいかたちを模索する内容です。
大家という仕事をひらく
家をひらく
飲食店をひらく
公園、ストリートをひらく
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和えるの店舗を訪れた際には、代表・矢島里佳さんの本を読んで入社したというスタッフさんとお話をする機会もありました。事業や取り組みそのものに共感している様子が伝わってきて、勝手に感動したのを覚えています。
構成は、時系列でこれまでの取り組みを描く挑戦記です。
伝統産業に恋して
大学時代に「和える」を立ち上げるまで
「和える」最大の危機
常識はずれの「和える」のやり方
「和える」流二一世紀の経営スタイル
誤解してほしくないのですが、「経営者は出版をしましょう!」と促したいわけではありません。たとえば上記3冊を読んで感じるような、共感重視のコンテンツをnoteでつくり、運用してみてはどうか? という提案です。
もう少し正確にいうと、切り口はノウハウであるものの、コンテンツからはビジョンや思想、企業文化がしみだしているような記事です。上記3冊も、起業・経営ノウハウ、実践例をまとめた有益性がフックになっています。
いわゆる仕事術やノウハウ本と大きく異なるのは、共感できる理由づくりがしっかり構築されている点です。発展途上国の貧困問題、都市づくり・まちづくりの課題、伝統産業の未来。こうした言葉から連想されるテーマに興味がある人は、これらの会社のことを何も知らなくても本を手にとる可能性があると思っています。
でもまだ、イメージできないですよね。参考になりそうな記事を、次の章でまとめていきます。
事例をベースに、記事の構成を考える
事例をみていく前に、どんな要件が揃っていれば今回の提案に沿った記事をつくれるのかをまず整理します。現時点で有力だと考えているのが、下記の3つです。
切り口は、高度なノウハウ or 共感軸
思想があふれでる内容であること
書き手を経営者に依存させないこと
書き手は経営者でもよいのですが、そこに頼りすぎるとストーリーの枯渇につながり、継続性が失われる恐れがあるため要件としています。
さて、お手本としてまずご紹介するのが、note社の連載『スタートアップ冬の時代のIPO』です。ノウハウの切り口は「IPO」で、序章ではしっかりと想いやビジョンが語られ、書き手はCFOです。
この記事がIPOに向けた「ノウハウ・マニュアル」だったとしたら、きっとここまで多く人には届かなかったと思います。想いがあって、ニュース性があって、学びの要素もある。価値の掛け合わせが素晴らしい連載です。
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次に紹介したいのが、フリー社の『freeeが書店を作ります』です。切り口は「リアル書店オープン」で、序章ではたっぷりとSaaS企業でありながら在庫をもつ本屋の店舗運営をはじめたのかが語られています。書き手はさまざまで、記事ごとに担当者が変わるスタイルです。
面白い取り組みだなと思ったのが、透明書店バックヤードと呼ばれるnoteのメンバーシップ機能を使った発信もしているところ。無料のメルマガを購読するような感覚で、音声配信(ラジオ)を聴けるんですよね。
採用広報の文脈で考えても、人気コンテンツ(記事)をフックにメンバーシップへ誘導して、声を通して文化にふれてもらう方法は、けっこうアリなのではと感じています。
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最後はヘラルボニー社のマガジン『Essay』のご紹介です。切り口はノウハウではなく共感軸。福祉や障害がテーマでしょうか。はたらく人たちの想いとヘラルボニーのブランドを掛け合わせたストーリーであり、価値観や思想があふれるコンテンツになっています。書き手は社員です。
プロダクトに物語が宿っているBtoCならではの切り口で、同じことをBtoBのスタートアップでやろうとしても難しいかもしれない。それでも、社会課題に訴求するSaaS企業などであれば、手段としてエッセイを検討してみる価値はあると思っています。
採用広報の枠を超えた「編集」をする
ここまでの内容を少しおさらいすると、母集団形成においてそもそもの課題なのが、短期的な成果を追うnote運用に偏っている点。
採用フローを改善するnote運用
母集団形成の課題を解決するnote運用
上記2つの運用方法は、似ているようでアプローチ方法が全然違う、という内容をここまでお伝えしてきました。
前者は「短期決戦用のnote」であり、企画される記事の構成はおおむね下記のようになると想定されます。メンバー紹介の記事を例にすると
自己紹介(経歴)
入社動機・入社の決め手
仕事内容とやりがい
展望 / 採用メッセージ
一方、母集団形成を促す「後者」の記事では、そもそも企画の段階で集めるべき材料が変わると思っています。
メンバー紹介の場合は、企業のミッションやビジョンと照らし合わせ、自分の人生において、この会社に入らなければ! と思った「必然性」を語る必要が出てくるわけです。構成の流れは
社会に対する違和感
過去に経験した挫折
転機となった大きな経験
入社理由 / ビジョンへの共感
創業社長であれば、自分と会社を重ね合わせたストーリーを編むことが容易だったとしても、ほかのメンバーにとっては「考えたこともなかったこと」かもしれません。
記事企画をする際は、読者が強烈に共感できる切り口を描くことがポイントになると思います。その意味で、ヘラルボニー社の『Essay』は共感軸の設計が本当に秀逸です。BtoC、BtoBtoC の企業であれば企画可能だと思うので、ぜひ検討してみてください。普段は読まれにくい企業の公式noteも、大きく広がる可能性を秘めたアプローチだと思います。
また、少し違う切り口だと、下記の記事も好感がもてました。
「どうしてだろう?」の違和感
疑問と向き合い、解決の道へ進む
出会えた喜び(入社理由)
これからも続く、わたしの挑戦
ヘラルボニー社の『Essay』と共通するのは、個人として生きる(はたらく)なかで感じた「違和感」を言葉にして、自分なりの試行錯誤の道のりをまずストーリーとして描く点。そこから、同じ価値観をもつ会社と出会い、より加速していく未来に期待を寄せる。
琴線にふれるのはいつだって、ひとの心、気持ち、静かに燃える情熱なんだと再確認させられる記事でした。
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一方で、ノウハウ性の高い切り口でメンバーを紹介するのであれば、こんな構成も「短期決戦」と併用できるので悪くはありません。
キャリアの振り返り / 実績
取り組み事例の紹介
生み出してきた成果を語る
成果を出せた背景(組織文化など)
取材対象者は「入社3年目・5年目・10年目」などの節目にあり、社内で一定の成果を出してきた方だと相性がよさそうです。構成は上記の流れであっても、メンバーの支えや組織・カルチャーの特徴に言及した内容を随所に盛り込めると、広がりが生まれる記事になると思います。
年末によく見かけるアドベントカレンダーもそうですが、振り返りというのはそれだけでなぜか “エモーショナル” なんですよね。「今日は何の日?」と掛け合わせて、自社の歴史を振り返るのも◎
下記に参考記事を3つほど載せますね。
ノウハウやフレームワークをがっつり紹介したい場合には、「有益な記事で終わってしまう」「結局どんな人なのか、人柄が見えない」といった状況を回避できるといいなと思っています。
別の記事と抱き合わせでもよいと思うので、自身のストーリーを語った記事と紐づけるなど、できるところから着手してみてください。
でも、ノウハウ推しであれば、やはり『スタートアップ冬の時代のIPO』『freeeが書店を作ります』のような、ストーリーやプロセスとのセット連載がおすすめです。ぜひぜひご検討を。
さいごに(社内稟議を考える)
母集団形成に向けたnote活用。言い換えれば、企業の知名度や事業理解度を促進し、業界内外に広く知ってもらうための活動です。
BtoCではブランドの世界観を醸成する一助としてポピュラーな発信方法も、BtoBになると「知名度=売上アップ」にならないのに、なぜやるのか? ということで稟議を通すハードルもグンと上がると思います。
知名度を上げることが母集団形成にも貢献するなら投資として悪くなさそうですが、ダイレクトリクルーティングや求人広告、エージェント投資などが優先されそうです。長期的な採用施策であることから、担当部門も「人事」なのか「広報」なのか、という問題も想定されます。
ただし、採用コストが下がり、ペイド型施策への依存度が下がることは本来的には好ましいはず。そのためのnote(オウンドメディア)です。既存のnoteが候補者向けに「とじている」状況ならば、それをnoteの読者に向けて「ひらく」ことが今回の趣旨でした。
日々忙しいなかで、執筆時間(外注するならばインタビューに答えて原稿を編集する時間)を確保することも大変だと思います。それでも可能ならば、執筆 or インタビュー前に「だれに・なにを」伝えるのかを再設計し、note読者をはじめとした幅広い層に届くような記事に仕立てていく。そんな活動を、採用広報noteの次の一手として考えてみてはどうだろうか。
それが今回、私の伝えたいことでした。
表現の仕方が難しかったのですが、けっして既存の採用広報向けのnote運用を否定するものではなく、あくまで母集団形成を視野に入れた場合の新提案と受け取ってもらえますと幸いです。
「本のようにWeb記事をつくる」。この結論はつまり、(無意識に)候補者だけを想定読者にしている「とじた記事」から、著者や出版社の方々が必死に、ひとりでも多くの人に本を届けるべく編集した「ひらく記事」への転換を意味しています。
「BtoBなのに、エッセイかぁ~」と思うかもしれません。でも自分をnoteの一読者と考えたとき、読みたい記事は・紹介したい記事は、想いが綴られた体験記なんですよね。
自社の事業を、BtoBtoC またはBtoBtoE と定義できるならば、ぜひ挑戦してほしいです。やがてそれは、「採用ブランディング」と呼ばれるアプローチと同義になっていく気がします。 だって、こんなにも組織ではたらく人たちの価値観が前面に出るなんて、採用ブランディングそのものだからです。
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編集の視点や、これまで考えたこともなかった視点の企画、インタビューの方法や情報整理のコツに関してはまた別の記事が書けそうなので、次の執筆意欲のために残しておこうと思います。
ここまで長文にお付き合いくださり、どうもありがとうございました!