子どもと動物に好かれた父でした
幼い頃、自分の父は磯野さんちの波平さんやマスオさんとは違う、と感じていた。ギャンブルに狂って家にお金を入れなかったり、よそに女の人を囲ったりというような問題を起こす人だったわけではない。人と接する態度が独特なのだ。母いわく「社会人としてあたりまえの挨拶や社交辞令ができない人」だったらしい。子どもだった私がそうした父の姿を見ていたわけではなく、後に母から聞かされて知ったのだ。しかし子どもながらにも薄々感じてはいた。我が父が、ちょっとした変わり者だということを。
それは正月やお盆に親戚家族が一堂に会した時などだった。一人っ子の父とは対照的に母は7人姉妹の末っ子で、集まりは母方の親戚によるものだった。今とは違って一家族に平均2人以上の子どもがいたから、集まりは総勢20人超。子どもらは子どもらで、女性たちは女性たちでかたまってはしゃぎあうのだが、男性陣はみな姉妹それぞれの伴侶だから血の繋がらない親戚同士で、やや他人行儀な雰囲気を醸しつつ酒を酌み交わすなどしていた。どんな場においても割とすぐに人と打ち解けてしまえる父は、いつも輪の中心にいた。笑いの絶えない賑やかな酒宴だったが、周りにいる伯父たちの笑顔がどことなくひきつって見えることがあった。
父は世辞を言わない人だった。父が放つのは世辞ではなく皮肉やからかいだ。相手の弱点を目ざとく見つけては笑いを混ぜて突つく。こうしたからかいはテレビの中でお笑い芸人などがやれば笑っていられるが、相手次第では怒らせてしまうこともある。父にとっては場を和ませたり、相手と親しくなるための手立てだったようだが、どうにも自分本位で、今で言うところの空気の読めない人だったらしい。
たとえばゴルフを始めたものの上達しない伯父(父にとって義理の兄にあたる人)を「どう?ちょっとは穴掘り上手くなった?」と皆の前でからかい、言われた当人に「ゴルフもなかなか難しいものですなぁ」などと苦笑させてしまう。すると「いっぱい穴を掘ればそのうち上達するから!でもその前にゴルフ場を水たまりだらけにしないでね!ガハハ」と言う父だった。
嗚呼。そんなシーンをあげたらキリがない。子どもからは「面白い叔父さん」と慕われていたが、大人たちからは総スカンだったに違いない。年に一度か二度しか顔をあわせないのだから許してやろうという伯父たちの懐の深さに救われていたのだ。
そんな父が一体どんな会社員生活を送っていたのか想像するとゾッとするが、幸い60の定年まで勤め上げた父。会社の人たちの懐の深さは親戚の比ではなかっただろう。周囲に恵まれたのは単なるグウゼンか、それとも自分に有利な環境を作る才能を持っていたのか。
フトした時、自分の中に父の影を見ては血か?血なのか?と身震いしてしまうことがある。
父はどんな人だったかと問われると、いつも答えは同じ。
「子どもと動物に好かれる人です」。
我ながらなんと的確な答えだろうかと思う。
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