レビュー 「木野」村上春樹 2014年初出 2023年10月
「木野」は短編集「女のいない男たち」に収められた作品である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E9%87%8E_(%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%B9)
作品前半はいかにも作者らしい細かな心理的かつ映像的描写で物語が進むが、後半は一転して主人公の内面の世界だけの描写になる。
この作品は形式的には、ひとつの挑戦をしていると思う。つまり僅かな描写でどれだけ読者を遠くまで連れて行けるか、の挑戦だ。具体的には、前半は普通の日常世界が描かれるが、後半は、ファンタジー世界になる。そのファンタジー世界に、ワンダーランドに、どれだけリアリティーを短い記述で持たせられるか、への挑戦である。
内容的には、妻の浮気現場に直面し、しかし現実を直視できず、自然な感情を抑え込み、何事もなかったかのように振る舞っていた主人公が、無意識からの突き上げに耐え切れず、外界に様々なものを見て、回復の端緒に付く、という流れになっている。
これは1990年代前半まで作者がよく使っていたユング心理学の構図だと思う。
私は村上春樹氏の熱心な読者ではないが、久しぶりにこの構図を見るにつけ、村上氏は生来的に深層心理学の構図が肌に合っているのだと思う。
さて、ここから我田引水的に解釈を飛躍すれば、主人公を日本人に私は置き換えてみたい。
つまり経済的に貧しくなっていき、経済的国際順位もズルズルとこの30年下がり続けている。ほとんど(すべて?)の経済指標で韓国にも抜かれてしまった。自分の当選を最優先としている国会議員は、票を失うことが怖くて既得権を古い産業から新しい産業に移すことが出来ない。国民は周りに合わせることで現状維持志向だ。こんな状態になっても現実を直視するのは怖い。貧しさをヒシヒシと感じているが、その感情を抑え込み、何事も無いように日々を送る。
しかし押し殺していた感情が無意識に蓄積され、いつか意識に侵入してくることになるだろう。そのとき日本人は耳をふさぎ、布団の中で丸まって苦しまなければならない。
この作品はそれを暗示しているように私は思う。
追記
村上氏は今年もノーベル文学賞受賞を逃した。ハルキファンはがっかりだろうが、これだけ外国で評価されているので、受賞は時間の問題だと思う。また例え受賞前に突発的に亡くなったとしても、作品が変質するわけでも、価値が減じるわけでもないので、ノーベル賞にあまり右往左往しないほうが良いと思う。
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