映画評 レビュー 「長江哀歌」ジャ・ジャンクー監督 2006年公開 2023年12月3日

西ヨーロッパやアメリカ映画を見続けた後にこの映画を観ると、その感情表出の少なさに戸惑う。また物語の盛り上がりが特にないのも肩透かしであった。
しかし私はこの映画をしみじみ楽しく観た。
その理由を以下に書きたいと思う。

あらすじ

1 激しい感情の表出も、物語の盛り上がりも特にないが、十分に登場人物の感情の起伏を感じた。実際の人生とはこういうものだと思う。つまり、表面上は穏やかに過ぎていくが、内面の感情は大きく揺れ動いている。
実生活では、相手の僅かな表情や言葉尻から相手の気持ちを読み取る作業の連続である。また読み取った後もそれが正しいかどうか分からずじまいのことが多い。
この映画では、そのような実生活では当たり前の作業に参加させられる。別の言い方をすると、主体的に映画を観る。
この映画は、例えばハリウッドの「ダイハード」や「ランボー」などの感情全開で、かつ欲望全開の、見せ場だらけの映画の対極にあると思う。別の言い方をすれば、典型的なハリウッド映画は、それぞれの行為に解釈の余地が無く、迷いよう無く一つに決められ、親切丁寧ではあるのだけれど、主体的に観れない。

で、主体的に観た結果、余韻が残るのである。あの行為はどういう気持ちだったのだろう、と、いろいろ考えさせられるのである。

2 私は日本人である。日本文化は中国文化の周辺に位置する。故に中国文化に馴染んでいる。故に登場人物の抑えられた表現に親しみを感じる。

3 ここに描かれた世界は、私が子供の頃に馴染んだ世界である。つまり、ちょっとしたきっかけで、仲良くなれる世界だ。バイト先で一度会っただけで友達になってしまう。友達の友達は、一度一緒に飲めば、もう友達である。そんな世界が前提になっている。そのことがとても懐かしい。

追記

◎ 舞台は三峡ダムの水没する町だ。三峡ダムは世界最大の水力発電力を持つ。2006年にダムの本体工事が終了しているので、撮影はその直前に行われたのだろう。水没する集落の人々は強制移住させられ、戻れないように家を倒壊させている。撮影セットでは作れない多くの廃墟が映し出されている。
強制移住は百万人を超えたようだ。
李白の詩「早発白帝城」で有名な白帝城も湛水で影響を受け、水没は免れたが、島になった。

◎ 監督と主演の男優と女優の3人はともに山西省出身である。監督のジャ・ジャンクーと女優のチャオ・タオは2000年の「プラットフォーム」以来からのコンビで、2012年に結婚している。


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