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ゼフィア号に乗って“The Wreck of Zephyr”
訳があっているのかは知らない。子供の頃読んだ外国の絵本。どこかの国で少年が難破船の残骸に乗って夜空をクルーズするという話だった。エメラルドグリーンの座礁船ゼフィア号が夜空に浮かび街をゆうゆうと漂う。鮮やかな絵。少しかび臭いか紙の匂い。どこか異世界へ行けるのではという思いを抱かせ(たかどうかははっきり覚えてないが)、わくわくしながら読んだことを覚えている。
東京から転勤し、アメリカで働き始めて約半年がたとうとしている。この小さな町で日本人に出会うことはほぼない。そもそもアジア系アメリカ人さえほとんど見ない。日系スーパーや居酒屋も無い。夜の付き合いや接待ゴルフに忙殺されるといったThis is 日系駐在員的な暮らしも無い。まあ、2022年の今、そういう時代でも無いだろうけど、日系企業ならではの横のつながりも無い。否が応でもこの地の生活や人間関係に飛び込まなければ仕事どころか、暮らしていくことができない。日々の生活が切実な挑戦。
このあいだ海岸をうろついていた時、座礁船の残骸に出会った。弱小後発日系メーカーに勤める私は、インフレ、円安、コロナ、サプライチェインの混乱、言葉の壁、スキル不足など、苦難の海で慢性的に溺れかけている。沈みかけたこのおんぼろ船と、自分のアメリカ生活を重ね合わせ、一瞬なんとも言えない気持ちになった。
だけど、同時にわくわくしている気持ちにも気づいた。ここには田舎ならではのゆったりとした時間の流れがあり、自然に溢れる環境がある。何より、少しずつ築いた人間関係もある。たとえ暗澹たる日々があったとしても、それらは自分の生活を切り拓くというポジティブな瞬間の積み重ねなのだ。
おんぼろ船での珍道中であっても、この町から行けるところまで行ってみよう!そんな気持ちが胸の内から湧いてきた。空に浮かび上がる座礁船ゼフィア号を思い出した。あんなに優雅にとはいかないが、すこしづつ自分なりに進んでいこう。そう思ったことをここに記録しておこう。
※文中の絵本のタイトルは“The Wreck of Zephyr”。アマゾンで普通に売ってますが、邦訳版はなさそうです。親がどうやって手に入れたのか。訳は誰かに教えてもらったのか。今となってはわかりませんが、『ゼフィア号に乗って』の訳は悪くない気がします。英語がわからなくても楽しめる、綺麗な絵がたくさん載った絵本です。