えーと…「香水」(×瑛人「香水」)
えーと……今日は男もすなる「香水」の話をば少々。
実は、今日こそはロクシタン記念日。27、8の頃から、四捨五入すれば40年使い続けて来たエルメスのオーデコロン「オードランジュ・ヴェルト」に別れを告げ、吉祥寺の東急百貨店でロクシタンの「セドラ」なるオードトワレを初めて買った。こうして、noteする最中も、未だ慣れない自分の匂いに……というか、セドラな香りに包まれている。
そもそもは、この先何十年生きるか分からないが、一生エルメスと添い遂げるつもりでいた。
初めの1本は、結婚前の、家内のプレゼントだった。86、7年のことかと思う。当時も、それなりの価格だったに違いない。それが、「プラザ合意」(1985年)の効果テキメン。対ドルで円がみるみる強くなって、さすがのエルメスにも値頃感が出てきた。
さらに、軒先のサンダルをつっかけるようにして海外に出かけられる時代がほんの去年まで長く続いた。旅の終わりの免税店では、エルメスのコロンを複数本仕込んで、次なる渡航機会までをなんとか持たせた。
「失われた30年」も、円はなんだかんだ言って不思議に強かった。そのうち、Amazonをポチればその日のうちに届く並行輸入品もよりどりみどり(実際、愛用のエルメスの瓶は緑色……ってか、漢字は「選り取り見取り」かな)。デパートや路面店のエルメスで買う正規品より、何割かは安く手に入る時代になった。
それが、今年になってからの底なしの円の下落化傾向がこんなかたちで影響が出ようとは……油断した僕も迂闊だった。
お得感もあり、手に馴染みも良いエルメスの200ml瓶は、あっという間に1万5千円を突破。もっとも、その時点で購入を決断できていればまだ買えたものを、つい先日、札幌大丸のお店を覗いたら2万3千円に届こうかという勢い。
ならば、最後の砦、Amazonのモールに居並ぶ並行輸入品群はといえば、最安値が2万5千円で、あとは2万6千円までの僅か千円のレンジに横一列だ。要は、そもそもが正規品より高くなっている上に、先が読めない為替リスクを織り込んでか、
「痩せ我慢ももう限界ですわ。すんません」
と開き直らんばかり。後は、「並行品が正規品より高かろうハズがない」と信じて疑わない、不勉強な消費者でも相手にすればいい、との割り切りも見え隠れする。
エルメス大丸店でいかにも上客そうなご婦人や隣国人をやり過ごしつつ、最後の最後に別れを惜しむようにして、店頭サンプルを首筋に勢いよくシュシュッとひと吹きすると、「彼女」を振り返ることもなしに、きっぱりとお店を出たのだった。
いまや僕に残された選択肢は3つ。残りの人生、エルメスに忠誠を誓って香水の習慣そのものをヤメるか、エルメスとお別れして次に行くか、はたまた、(価格がこの何年かでほぼ倍になったのなら)エルメスはエルメスのままで日々の使用量を半分に減らすか(「減ルメス」?)。
早い話が、万策尽き果てた僕は、彼女との長いながいお付き合いの日々を惜しみつつも、ロクシタンさんとの「お試しデート」をまさに今日から始めたのだった。
どうしたん? いえいえ、だからロクシタン。このフランスはプロヴァンス地方に育てられた清新なブランドとなら、また、いつかは無二の親友になれるかもしれない。
ヒトは放っておくと、ついつい現状維持に走りがちな生き物。何事も、過去の成功体験はもはや無効かもしれない、と疑ってかかることが大切なのだ。ルーチン化は陳腐化の別称(ルーチンプ化?)と捉え、エルメスへの尽きぬ思いをいったんは断ち切ろう。いつ、また過去の彼女と縒りを戻すか知らんけど。
夕方5時の美容院の予約に、早めに地下鉄丸の内線の新宿御苑前駅へ。まだ小一時間余裕があるので、駅そばのプロントで一人お茶することに。決して広くはない店内には、二人掛けのテーブルと椅子が所狭しと並んでいて、ほぼほぼ埋まっている。
ホットのロイヤルミルクティをカウンター越しに受け取ってみれば、ラッキーなことに、イットー奥、窓際の二人掛けが奇跡的に空いているではないか。
お隣りのテーブルでナニモノかを一心不乱に書いている小太りの若い男性の後ろを注意深く通り抜けたのだが、着席と同時に、わっ、ヘタこいた……と独りごちた。
もう夏の盛りは疾うの昔に過ぎ去ったというのに、男性の全身が……というかポロシャツが臭うのだ。有り体に言えば、洗濯物の生乾きの臭い? 余所に移ろうにも、他のテーブルにもはや空きはない。
そのときだった。席を探してうろついていた別の若い男性二人が、生乾きの彼を認めるなり、
「よっ! 今夜、出番?」
と声をかけた。すると、生乾きくん、
「そうそ。お前らも? この場に及んでネタがしっくりこなくてさ……慌てて新ネタ作ってた。やっべーやべー」
ピン芸人(=生乾き)とコンビ芸人の会話? というか、駆け出し芸人らの内輪の励まし合いを微笑ましいな、と認めた昼下がり、あんなにもヒドかった汗臭さが、一服の清涼剤にも思えるのだからあらあら不思議。よほどリュックの中に忍ばせたロクシタンのセドラくんでも吹きかけてやろうか、と思っていたのに、汗臭さの似合う若さっていいな、とほんの少し思った。
いまはまだ数少ない彼のファンの女の子たちも、舞台のかぶりつきでぎゃーぎゃー応援しながら、あの生乾き臭にすっかりヤラレてしまうのだろうか。
お気に入りの香りも十人十色ならぬ、十人トワレやな、と。もう、ええわ!