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井の頭公園のヘリに凛として建つ家として

他人様の家屋を勝手に撮影した上に、その写真を無断で載せるのはさすがに僕も気が引けるが、そこを押しても今日はそうしたい気分の理由が2つある。

ひとつには、もはやそのお宅がこの世に存在しないこと。やっと散歩に気持ちの良い季節になって、何ヶ月ぶりかに井の頭公園のその一画を歩いてみれば、その家はものの見事に取り壊された後で、跡地は黒々とした防草シートで覆われているではないか。あまりにも突然の出来事で、正直、いまもまだ戸惑っている。

また、ひとつには、井の頭公園の敷地に突き出した、越境行為かのようなその得難い立地や、ニューヨーク郊外の森の中の一軒家と見まごうほどの瀟酒な邸宅がまるで奇跡で、それはそれはお気に入りだったこと。もちろん、逆立ちしても僕には買えないのだが、壊すんなら壊すで一言言って欲しかった(持ち主さんとなんの面識もないけれど)。

それにしても、どうにも気になるのは「防草シート」のこと。すでにこの土地に買い手がついているのなら、新たな持ち主は早いうちに新しい建物の建築に着手したいと考えるはずで、そうであるなら、防草シートは敷くだけ無駄ではなかったか。

仮に、まずは買うだけ買って、その使い途は後でゆっくり考えるのなら、そもそも古家の撤去を急ぐ必要もなかったのではないか。

あるいは、不動産業者は、先に壊すだけ壊して、更地で売り出した方が高値で転売できると踏んだ? 仮にそうで、まだ間に合うのなら、多少値が張ってでも、国や三鷹市はいまからでもあの土地を買い上げて、なにか公共目的のために役立てて欲しいと願う。国にしろ、自治体にしろ、補正予算を組まずに買えるような金額ではないのかもしれないが。

そもそも、元の「古家」の佇まいからして、見るたびに、ニューヨーク・セントラルパークの公園敷地の一画を占有して建つメトロポリタン美術館(MET)を思い出す。ミニMET、プチMETではあるけれど、「古家」をそのままリノベするだけで、まんま小さな美術館に整備できたのにな、といまさらながらに悔やまれる。

公園の別の一画にはすでに「三鷹の森ジブリ美術館」があるわけで。あちらがアニメーションの美術館なら、こちらは、例えば、吉祥寺とも縁の深い楳図かずおさんの、とりわけ恐怖漫画をフィーチャーした「楳図の森グワシ!美術館」なら名称的にも相似形となって良いのではないか。しかも、「恐怖漫画館」ならば、「古家」が自然のうちに身にまとった侘び寂びがさぞや有効に活かされたことだろう。

冗談はさておき、一番可能性が高いのは、やはり、どこぞのお金持ちの、趣向を凝らした邸宅が再び建つだろうこと。

建築家候補は、さしずめ隈研吾か、先日、プリッカー賞だかブリッカー賞だかを取ったばかりの山本理顕辺りか?

クマさんでもリケンさんでも知ったことではないのだが、できたら新オーナーさんに耳打ちしたい、とっておきのアイデアがある。

それは、ご自宅を井の頭公園のへりに建つ地の利を活かした「みんなのお屋敷」として建てること。

例えば、ある日ある時、忽然と「野外映画シアター」に早変わりする家……なんてのはどうだ。

公園に面した側の壁に屋上からスクリーンを垂らせば、あらあら不思議。あっという間に野外シアターに早変わり。試しに、夕暮れを待って、手持ちの「ニュー・シネマ・パラダイス」を公園側に設置したプロジェクターから投影してみれば、あのエンニオ・モリコーネの「愛のテーマ」がどこからともなく流れてくるではないか。そう、Bluetoothで飛ばした音声は、家の壁面の両サイドに予め埋め込まれた大型スピーカーで受けるという設計。公園の縁に建つその邸宅そのものが、野外映画館仕様になっているのである。

もちろん、事前告知から、当日の公園内の客さばきまで、円滑な上映会を仕切るのはボランティアの市民チームや地元町内会の面々。中にはその家のオーナーもまぎれ込んでいるとの情報もあるが、誰が誰とは容易には分からない。そんなアノニマスの、ボランタリーグループで作り上げる市民イベントなのだ。

もちろん、「野外映画会」が開かれるのは一年のうち、せいぜいひと晩かふた晩。364日、あるいは363日はその家は、ただそこに佇む品の良い邸宅としてあるだけ。そして、地域の誰や彼やがその家のことを地元の誇りとして大切に思うのだ。

おいおい、やがてその公園のへりに建つであろう見知らぬ他人様の邸宅に、地域コミュニティの役割を勝手に割り振るなよ? もちろんビンボー人の妄想、妄想。

ただ、リアル金持ちだったアメリカのアンドリュー・カーネギーも言ってたぞ。

「有り余る富は、死して家族や社会に遺すより、生きて富の所有者として社会のために活かすべき」(『富の福音』1889年)と。

僕はといえば(なんの決定権もないけれど)、まだ「楳図の森グワシ!美術館」構想も捨て去ったわけでもなくて。


◆後日談(2024/10/11)僕の推理中、3番目の「壊すだけ壊して、更地で売り出し」が正解だった模様。今日、再び通りかかってみると「売地」の看板が新たに設置されていた。嗚呼。



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