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他人にやさしい英語

自身、英語ネイティブではないからかもしれないが、婉曲な言い回しという点では、英語は日本語と同じか、それ以上に洗練された言語だな、と感じ入ることが多い。

例えば、JALの搭乗ゲートで聞こえて来る「事前改札(最優先搭乗)」を呼びかける英語版のアナウンス。「最優先」の対象者のなかに、expecting mothers も含まれている。直訳すれば「母親になることを期待している人々」、あるいは、「母親になることを楽しみにしている人々」のことで、すなわち「妊婦さん」。これ、日本語版だと「ご妊娠中の方々」と「ご」と「方々」こそ付けられているものの、婉曲度合いで言えば英語にははるかに及ばない……というか、相当程度に直接的。しかも、英語の方がずっとポジティブな上に微笑ましくさえある。

あるいは、これは僕の陰キャラゆえかもしれないが、「ご妊娠中の方々」では、いままさに優先搭乗権を行使しようとする女性が身ごもっている事実を周囲の乗客にことさら知らしめることになるし、当のご本人にあっては、

「その理由を数ヶ月前のあの晩の出来事にまで遡及しないで!」

と、いたたまれない気持ちにさえなりはしまいか(なるわけないか……)? そこは日本語でも、例えば、

「希望と赤ん坊でおなかぱんぱんの方々」

とか……少しは小洒落た婉曲表現(?)を真剣に議論すべき時期に来ていると思う。

他にも、日本語で「弱者」(または、「社会的弱者」)という言い回し……というかその語感が昔からどうにも好きになれない。事実、仕事上物してきた論文の類いでも言い換えを色々と工夫してきた。

これも英語圏でなら、例えば、the socially vulnerable、あるいは、単に、the vulnerable とやれば多くの人たちがすとんと腑に落ちるだろう。

英語のvulnerable(ヴァルネラブル)は、ラテン語で「傷」を意味するvulnusに由来するといい、そこから一義的には「傷つきやすい」という意味が抽出される。形容詞をを名詞化して、the vulnerable とやれば「(社会的に)傷つきやすい人々」ということに。すなわち、「弱者」などと優劣(強弱)の下に一群の人々を自分とは区別して、相対化することはしないで、そもそも脆弱性を抱え持つ、庇護、支援や共感の対象として、社会全体の関心、注目を喚起しているように思えてならない。

ヴァルネラブルはそのままカタカナ表記で日本語の一部……ということでも全然イケるような気もするが、まだまだ人口に膾炙し切れた言葉とは言い難い。しかも、少々長いと言えば長いので、この際、「ヴァルな人たち」とかなんとか新語/流行語の普及を図ってはどうだろう。

もっとも、これだと「ワルな人たち」に空耳られてしまいそうで悩ましい(そもそも「ワルな人たち」は「傷つきやすい人々」でなくて、「傷つけがちな人々」なのだが……)。

ヴァルな人たちに対する英語のやさしい眼差しと言えば、他にも、

I’m between jobs.

というのもあるな、と。直訳すれば、「僕は仕事と仕事の間にある(いる)」で、つまるところ、「僕は失業中」の意。

「失業中」だと、なんだか五里霧中な感じで先の展望が開けていない感ありありだが、between jobsだと、いまはたまたま仕事と仕事のハザマにいるだけのことで、次なる仕事の背中はしっかと掴まえている感じがしたりするから不思議。

もっとも、解雇規制が緩く、常に「非就労」な立場と隣り合わせにいる感じが人々をinbetweenな気分にさせるのだろうか。

ならば、目のことやらなんやらあって、去年の春先からすっかり怠惰が身についてしまっている僕などは僕自身のことを決して「失業中」とは呼ぶまい。ただ、「前の仕事」と「次なる仕事」の間隔が少々長めなだけのこと。やさしい英語的に表現するならば、

I’m betweeeeeeen jobs!

なだけなんだから大丈夫。もっとも、より正確を期すならば、細切れの(非常勤なる)仕事と仕事の間をたゆたう、

I’m among (several) jobs.

ではある。日本語で言えば? そこは、やはり「僕は折り紙付きの怠け者です」となろうか。

What?  Origami lazy guy?

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