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スーパーマンのお着替え問題
高田純次さんの「じゅん散歩」(テレビ朝日)で小田急線祖師ヶ谷大蔵駅近くの「ウルトラマン商店街」を紹介していました。かつて円谷プロが砧にあった関係で命名された商店街だとか。ただ、ここでの主題は同商店街ではありません。高田さんがウルトラマンからの連想でぼそっと発した、
「そういえば電話ボックス、最近少なくなったよね。スーパーマンは電話ボックスで着替えるんだろ? どこで着替えるんでしょね」
という何気ない一言についてです。
これもテレビ朝日系のニュース番組で前に観ましたが、アメリカでは昨年、タイムズスクエア近くにあった「ニューヨーク最後の電話ボックス」の撤去が実行され、ニューヨーク市から電話ボックスが完全に消えたのだとか。このときも、実は、スーパーマンの着替え問題が引き合いに出されていました。
ただ、「スーパーマンのお着替え」については高田さんやニュースアナウンサーのみならず、市井の人々もみなさん気になるようで、例えば、2013年のYahoo!知恵袋には、
「…最近は電話ボックスをあまり見かけませんが、(スーパーマンは)どこで着替えているのですか?」
という、高田純次さんとほぼ同じ趣旨の質問が載りました。これに対する「ベストアンサー」がなかなかに秀逸でして、
「1979年のクリストファー・リーヴ主演のスーパーマンでは、街中の電話BOXをさがしたら…(中略)…入るところがないので、ビルの回転扉で高速回転して変身するというシーンがありました」
と、まずはファクトを押さえた上で、スーパーマンも時代に即して場所を転々と変えながら着替えをやっている、といった的を射たコメントで締めていました。
すなわち、本家アメリカのスーパーマンは1979年時点で、つまりは40年以上も前に、一度は電話ボックスで着替えることの限界に直面し、「高速回転着替え」という、彼ならではの新たなスタイルを編み出し、同マンネリ問題を克己しようとしているのであります。
なのに、日本のテレビはと言えば、その紋切型の連想やステレオタイプの表現を連綿と繰り返してきた、それがきょうびテレビがYouTubeやTikTokに存在自体を脅かされている要因のひとつではないかと思えて仕方ありません。
あ、高田純次さんの名誉のために書けば、高田さんが商店街でのぶっつけ本番ロケで「スーパーマンのお着替え」を引き合いに出すこと自体は一向に構わないと思うのです。芸人さんは現場でなりふり構わず戦っています。ただ、収録テープがひとたび編集室に持ち込まれた段階で、担当ディレクターは冗漫な部分はスパッと切り捨てる判断を下すこともひとつの選択肢だったのでは? あるいは、ほぼどこも切れないようなギリギリの撮れ高だったのかもしれませんが。
昨年、フジテレビの情報番組や報道番組でさんざんお世話になったプロデューサーの米澤信介さんが亡くなったことを、暮れの奥様からの丁重なお手紙で知りました。米澤さんは、まだ20代だった一介の構成作家の僕をいくつもの番組で起用してくださって、いっぱい稼がせていただきました。結果、稼いだお金でアメリカの大学院に留学することもでき、その後、大学での教職の途も拓けました。僕にとっては大変な恩人の一人です。ただ故人をディスるのもどうかと思いますが、あのどこか爬虫類的なギョロッとした目で睨まれるのはあまり気持ちの良いものではありませんでした。
いえいえ、ふだんはこの上なく優しく、紳士で、放送作家というフラジャイルな立ち場を常に擁護してくださいました。また、米澤さんと出会うまではニュース原稿の一本も書いたことのない僕でしたが、書いた原稿には大方、一定のリスペクトを払っていただき、「はい、オッケー」と一発OKをくださるのが常で、気持ちよく仕事ができましたし、てにをはをイチイチ直された、といった記憶は一切ありません。
ただ、そんな「仏の米澤さん」も、僕が原稿を手垢にまみれた、予定調和な常套句でやり過ごそうとしようものなら、途端に獲物を視界に捉えたコモドドラゴンかのように、その目がギョロギョロッと動きまして、まずは、
「おやっ?」
と、僕にというよりは、あたかも自分自身に対してという体で疑問符が口をついて出るわけです。つまりは表現が陳腐過ぎやしまいか、考えること、工夫することを諦めてはいないか、と言うのです。
フジの米澤さは一年前、テレ朝の、あるいは自局の番組であの「ニューヨーク最後の電話ボックス撤去」のニュースをご覧になったかどうか。仮に観ておられたら、途中からあやしい雲行きを察し、まずは、
「おやっ?」
と思わず漏らした後に、スーパーマン登場に至っては、
「やっぱりお前か。違うだろが」
と現役世代に向かってきっぱりとダメ出しされただろうと思います。わっ、怖っ……。
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